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【サスペンス小説】48G『正義の味方じゃないヒーロー』



20121005194703


1 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 19:23:48.54 ID:Jhj6HPlB0
AKB握手会を舞台に起った事件をサスペンス風に書いてみました。

楽しんでいただければ幸いです。

連続投稿すると規制されてしまいますので、適当な所で一言でもレス
してもらえれば助かります。





AKBに欠かせない催しの一つ「握手会」
それを舞台に繰り広げられる攻防戦

彼は当初AKBの事など知りもしなかった
しかし…

何が原因で彼は狂気に走ったのか
はたして運営サイドは知能犯である彼からメンバーを守れるのか

そしてその事件を境にAKBがファン達が変わる
キーワードは「ロミオとジュリエット」


3 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 19:28:22.01 ID:Jhj6HPlB0
「突っ張る理由」

目覚まし時計のベルを止めて、小林豊は上半身だけ起こすと大きく両手を伸ばし欠伸をした。
外はカーテンを開けるまでもなくまだ薄暗いのが分かる。
頭を掻きながら1階のリビングへ降りて行くと母親の「おはよう」の声に「ああ」とだけ返事をしながら、テーブルに着いた。
父親はすでにネクタイを締めていてトーストをかじりながら新聞を読んでいる、
すぐに豊の前にも同じ物が用意された。
テレビのスイッチを入れると、早朝からのワイドショーが始まっているが豊にとってそんなものはどうでもよかった。
dボタンを押して天気予報を確認する、今日は天気は良いが冷え込むと出ている。
「今日は冷え込むってさ」
と父親に教えてやる。
「そうか、マフラーでもしていこうかな」
「そこまで寒くはないだろう」
と返事をする。家族は豊と両親の3人で、一人っ子特有の我儘さも母親の溺愛さもなく家族仲は悪くはなかった。

豊が食事を終え洗面所に立つ頃に父が出勤するのが小林家の朝のタイムテーブルだった。
父から遅れる事30分豊もようやくようやく明るくなり始めた街を駅に向かって歩き始めた。

電車を乗り継ぎ1時間、学校の最寄り駅に着く、山の中腹に開かれた土地に建っているのが小林豊の通うキャンパスである。
入試前に貰ったパンフレットには“まわりを自然に恵まれた環境”とうたい文句にしていたが、
結局の所が資金面で都心に土地を確保できなかっただけじゃないかと入学して長い坂道を登りながら豊は思っていた。


5 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 19:37:02.91 ID:Jhj6HPlB0
午前中1限目の講義が終わると次は2時間程あく。
豊はそんな時いつも一人で愛読書を持って食堂の日当たりのいい片隅のテーブルでコーヒーを飲みながら時間を潰している。
いくらか時間が過ぎた頃「よぉ、小林」と声を掛けられた。
豊は読書を遮られた事を少し腹立たしく視線だけを声の主に向ける。
そこには山崎亮太がニコニコして立っていた。亮太は豊が返事をする前に手に持っていたコーヒーをテーブルに置くと席に着いた。

豊はどちらかと言うと人付き合いのいい方ではなく、むしろ誰かとワイワイとするのは性に合わなかった。
子供の頃はそうでもなく逆におしゃべりな部類に入っていた。
しかし話題は人と少し違っている、誰もが思いもつかないような話ばかりだった。
豊が小学3年生のある日、台所にあるタッパーをテーブルに並べているのを母親が見つけた。
何をしてるのと訊くと豊は首をかしげながら
「浦島太郎が持ち帰って来た年を取る煙はどんな入れ物に入っていたのかなって思って、
絵本は弁当箱の様な感じだったけどあれだったら漏れちゃう気がするんだ、だからタッパー見たいな箱だったのかなって思って」と答えた。
その日の夜、豊を寝かしつけた母は父にその話をし「あの子大丈夫かしら」と相談した。
父はそれは素晴らしいと喜ぶ、「だってさ、誰もそんな事気になんかしないぞ。それをあいつは気付くなんてすごいじゃないか、むしろそれを伸ばしてやる事だよ」と言っていたが母親は(そうかしら)とどこかで不安を覚えた。
それからの豊は父親の勧めもあり色々なジャンルの本を読み漁った。


6 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 19:38:28.53 ID:Jpgtz5Q7O
戸ヶ崎の書いてた人か
支援しまーす


8 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 19:44:34.05 ID:Jhj6HPlB0
>>6

そうです。よろしくお願いします。




豊が高校に入って間もない頃だった。
中学時代にはその豊富な知識でクラスメートから認知もされ持て囃(はや)されてもいたので同じ調子で話題を提供していた。
そんな時ある女子から
「小林君をカラオケに誘っても滞在時間と自分が歌う時間を比較して“歌いに行くと言うよりも人の歌を聞かされると言った方が正しいかもね”って言いそう」
とつぶやかれ「ごめん、クラス50人の内の私一人のたった2%の意見だから気にしないでね」そう言うと彼女はその輪から離れて行った。
豊はその一言で自分の全てが否定された様で、それから次第に人を避け始め孤独を好む様になった。
クラスメートが発したその一言は棘となり豊の心に深く突き刺さってチクチク痛みを与え続けた。
そして進学シーズンの時には成績は悪くないがコミュニケーションに問題ありとして志望校からランクを下げなければならなかった。

それとは反対に目の前にいる亮太は底抜けに明るく楽天家で人懐っこい。
豊と亮太が出会ったのは入学式でたまたま隣同士なったのがきっかけだった。
豊にとって亮太は尤も苦手なタイプではあったが、何故かそう嫌ではなかった。
一言二言と言葉を交わすうちにそれが会話となりいつしか友達と言う間柄になって行った。
亮太もどちらかと言うと暗い性格で誰からも避けられている様な豊に対して臆する事もなく話しかけて行ったのも豊に受け入れられた要因であろう。


9 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 19:53:48.05 ID:Jhj6HPlB0
「なぁ、小林、俺の所属している同好会に入ってくれないか?」
と媚びるように豊かに話を持ちかける。
「同好会…、あぁ前に言ってた“アイドル研究会”だっけ?」
「そうそう、そのアイ研。なっいいだろう」
「はあ、なんで俺がそんなとこに入らなくちゃならないんだ?ヤダよっ」
豊は開かれたページと亮太を交互に見ながら返事をする。
「そんな連れない事言うなよ」
「学校からクラブとして認められないから部活費が支給されない、だから部員数を集めクラブにと昇格を狙っていると言うのは表向きで、
本当は部員からの会費が目当てだろう」
「するどい洞察力だな」と亮太はそれに対して否定も肯定もしなかったがテーブルに身を乗り出して
「なぁ、お前今暇だろう?ちょっと付き合えよ」
と強引に豊を誘った。豊は確かに暇だったがでもあまりいい予感がせず乗る気はしなかった、けれど亮太の勧誘を断った後ろめたさもあり渋々付き合う事にした。

「さぁさぁ、入ってくれ我が部室へ」
連れてこられたのはグラウンドの隅っこにある運動クラブの備品が置いているいくつかある倉庫が並んでいる内の一室屋だった。
クラブ活動は認められなかったがどうにか粘って部室だけは使用していない準備室を確保した様だ。
ただし、来季にそこが使用されるとなると無条件で明け渡さなければならない制限付だった。
中は思ったよりも整理がされていて最低限の部室としての体はなされている。
入った正面にアイドルグループのポスターが貼ってあり、周りの壁にも何組かのポスターも目に付いた。
「これが、AKB48。なっ、いいだろう」
と亮太は得意げに正面のポスターを指さす。豊も名前ぐらいは聞いたことはあるがメンバーの名前も顔も全く知らなかった。


12 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 20:02:39.20 ID:Jhj6HPlB0

「ここに貼っているいるの全部がAKB?」
それぞれ雰囲気が違うポスターを見回しながら聞くと
「違うよ、そんなのと一緒にするなよ」
と少し憤慨して亮太が答える。
「そっちが“モモクロ”こっちが“Berryz工房”」
豊にとっては説明されても分からず「ふ~ん」としか返事が出来ない。
部屋の真ん中に小さなテーブルとどこからか持って来たのかくたびれた長ソファーが置いてあり亮太はそこに腰をおろし豊にも座る事を勧めたが、
そこに座る気になれずそばにあったパイプいすを持ってきて座った。
「ぶっちゃけた話、今部員が6人いてさ、その内3人がモモクロのファンで2人がBerryzのファンで天下のAKBのファンが俺一人だけなんだ。
信じられるか?あの国民的アイドルのAKBなのに俺一人だけって」
「知らねぇよ、そんな事」
亮太は大きく溜息をついて
「俺はここの部長なんだけどどうも肩身が狭くてな、せめてもの権威の証が正面にポスターを貼れる事ぐらいなんだ。
この前なんか、アルバムが出たからプレーヤーで聞いてたらさ、モモクロの奴らがミーティングの邪魔だからって文句を言ってきたんだ、
俺は仕方なしにイヤホンで聞く羽目になった。わかるか?部長としてのこの悔しさが」
「だから、分からないって。しかし、合同でミーティングなんかしているのか?」
「定期的にするよ、まぁ互いに意見交換だけどな。ただし規則として絶対相手をけなさないと言うのがあるんだ」
話を聞きながらますます入部する気力がなくなって来た態度を見せ始めた豊に
「そうそう、お前今度の土曜日は空いてるよな」
「そう勝手に暇だって決めるなよ」と怒っては見たが確かに暇だった「まぁ、暇だけどな」
「そうか、じゃ東京ビッグサイトに行かないか?」
「東京ビッグサイト、なんでそんなとこまで?」
その問いに「いいから、いいから」としか亮太は答えない。
「とにかく土曜日、朝8時に東京駅で待ち合わせな」
と強引に豊は約束させられてしまった。


15 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 20:19:55.37 ID:Jhj6HPlB0

「AKB参上!」


次の土曜日待ち合わせ場所で亮太と会った豊はそこで「AKA握手券」と言う物を貰った。

「これは、AKBのイベントチケットなのか?」

「そう、今日は東京ビッグサイトで握手会があるんだ。お前にもAKBのよさを知ってほしくて貴重な握手券を1枚進呈するから今日のイベントを堪能してくれ」

電車を乗り継ぎながら30分余り、亮太は予備知識だと言ってずっとAKB48の事を話し続けたが豊は適当に相槌を打ってその場をしのいだ。
会場に着くとすでに多くの者達が集まっていて入口に列が出来ているが遠目にも分かった。

「まだ開場時間には早いんじゃないのか?」

豊の問い掛けに

「座席指定券を貰わなくちゃいけないからみんな早めに並ぶんだ。俺たちにとっちゃ2時間前なんて当たり前だから」

と笑う亮太に(俺にとっては当たり前じゃないから・・)と言おうとして豊はあきらめた、
もうそこに亮太はいなかったからだ。早足で先を急ぐ彼を追いかけるのは思ったより大変だった。
二人が並んでいる間にも時間を追うごとに列は長くなり始めた。亮太は並んでいる間中スマートフォンを取り出して盛んに操作している。
豊は冷静に周りの状況を見ていた、とにかくそれがユニホームなのかと言いたくなるほど、
前をはだけたシャツとTシャツの同じ服装とリュックサックのスタイルの人間が多い。
そういう自分も似たり寄ったりだなと一人苦笑した。
それよりも驚いたのは、別レーンに並んでいる女性の多さだ。
女性アイドルグループだからほとんどが男性だと思っていたが3割は女性じゃないかと思えた。
そこで初めてAKBに対してあまりにも無知すぎたと実感した。
「なぁ、亮太AKBのイベントにはいつもこんなに女性が多いのか?」
「うん?」と亮太はスマートフォンの操作を止めて顔を上げた。
女性専用レーンを見ている豊の視線を追い
「ああ、あれね。もっと増えるよ。AKBは同性からも子供からも人気あるんだ」
「で、お前はさっきから何してんだ?」
「ツイッターで情報交換。今の状況とかをみんなに発信しているんだ」
「まめだな」と豊はあきれ顔になる。
「だって俺、管理人だから」
「管理人?」
「そう、まゆゆの応援ホームページを作ってる」
そう言うとまた操作をしてスマートフォンの画面を豊に向けた。
「“繭綿 鍋パーティー”それがお前が作ったホームページ?」
「そう、まゆゆのファンが集まって鍋パーティーをしてるように楽しくまゆゆの事を語り合おうって言うコンセプト。これでも全国で5000人の読者がいるんだぜ」
画面を一見しただけでも、いかにも楽しそうな興味をそそる作りになっていてセンスの高さが分かった。
豊は時間つぶしで色々な質問をした、中には電車の車中で亮太が言っていた事も入っていたかも知れないが、彼は面倒臭さがらずに笑顔で答えてくれた。


17 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 20:30:10.90 ID:Jhj6HPlB0

定刻が来て僕たちは比較的前のいい席に着く事が出来た。やがてイベントが始まり豊でも聞いた事がある曲が歌われた。
しかしその後の曲は知らなかったしステージ上のメンバー達も見た事すらなかった。
その都度隣の亮太に質問するのも躊躇(ため)われて雰囲気だけを楽しむことにした。
1時間弱のコンサート?が終わり「さぁ帰ろうか」と声を掛けると亮太は驚いた顔で

「何言ってんだよ!これからが本番だろ」

と豊の腕を引きまたレーンに並ぼうとした。

「おいおい、また並ぶのかよ」

「当たり前だろ?さっきのはおまけみたいなもんだ。これからメンバーとの握手が始まるんだからな」

「また何時間も並ぶのか?むりむり!もう俺何時間も並べないから」

「まゆゆと握手したいならそれぐらい当たり前だろ!」

「だから俺はべつにそのまゆゆと握手したいわけじゃないから」

と声を荒げると亮太は慌てて豊を制止すると小声で

「あまりここでまゆゆに対して否定的な事を言うな、まゆヲタから囲まれるから」

豊もそれを認識して声のトーンを落とした。

「分かったよ、でも俺はもう何時間も並ぶ気はないから」

「そうか、じゃ無理にとは言わない。それなら列の短い所でも行けよそのチケットを無駄にしない為にも」

それもそうだなと思い豊は「そうするよ」と亮太と別れた。


一人になってどこに並ぼうか周りを見回したが、そもそも握手会のシステムが分からない。
暫く空いてそうなレーンの様子を見ていた。そこの入り口にはメンバーの名前が数人連なって表示されていた。
恐らく人気のあるメンバーは一人で、そうでないメンバーは数人で行われているんだとすぐに理解できた。
しかしそんなに並ばなくていいとは言っても、誰もいない所には並ぶ勇気はなかった。
それはメンバーの所為ではなく、前に並んでいる人達を見てやり方を模倣する為だった。
例えるのなら葬式等で焼香する時に作法を前にいる人から参考にするのに似ている。


18 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 20:39:11.98 ID:Jhj6HPlB0
その中で数十人程が並んでいるレーンを見つけ並んだ。レーン入り口に書かれていたメンバーの名前を見たが全く知らなかった。
後ろから見ているとどうやらイベントの始まる前に握手券と引き換えた整理券をブース入り口で係員に渡すようだ。
並び始めて数分で豊の番が回って来た。
狭いブース内に入ると男性が傍らに立っていて長机で仕切られた向こう側に三人の女の子がニコニコしながらこっちを見ていた。
(KBのメンバーなのか?)と言いたくなる程の垢ぬけしていない彼女達を見ると、
今ここでの一般人と芸能人を違いは間にある長机のこっち側と向こう側の違いでしかないと思わずにいられなかった。
「こんにちは!」「応援よろしくお願いします!」と元気よく手を差し出す彼女達に対して
「頑張って下さい」と答えるぐらいのTPO位は豊もわきまえていた。

終わってみればあっけなかった。手に残っている感覚には彼女達の一生懸命さは伝わったが応援してやろうと言う気は起きない。
時計を見るとまだ2時過ぎだ、豊は携帯で亮太に連絡を取った。

「“もしもし、もうそっちは終わったのか?”」

「あぁ、10分位で終わった。そっちの様子は?」

「“こちらはまだまだだ。それに後2枚持ってるから終わるのは7時過ぎかな”」

「そんなにかかるのか?」

「“終わったらどこかで飯でもしようぜ、俺の仲間にも合わせてやるよ”」

「そこまで待てねぇよ。俺は先に帰るから」

「“そうか、それじゃお疲れさん。で、誰の所に並んだんだ?”」

「知らない3人組だった」

「“お前に、知ってる3人組がいるとも思えないが”」と笑い声が聞こえる。

「“それじゃ、また大学で”」

「あぁ」

電話を切った豊は、改めて会場を見回すとかなり混雑していて今更ながらもAKBの人気の凄さを体感した気がした。


19 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 20:49:48.65 ID:Jhj6HPlB0
「PARTYが始まるよ」

翌週の月曜日いつもの食堂の片隅で本を読んでいるとニコニコしながら亮太が声を掛けて来た。

「よう、この前はAKBの凄さに圧倒されただろう」

勝ち誇ったようなその顔を見ていると少しイラついたがその事実を認めざるを得なかった。

「お前はあんな事を毎回してるのか?」

「あんな事、あの並ぶ事か?当然だろ、まゆゆと握手出来るんだったら何日間でも並んでやるぜ」

「皆そうなのか?」

「まゆゆに限らず人気メンのヲタ達はそうだな」

豊は半ばあきれて

「俺には到底無理だな」と思わずつぶやき「それぐらい熱心ならもう顔も覚えられてるんだうな」

「今でこそそうだけど、最初の2年間はそうでもなかったんだ。
そりゃ1日で何回かループしてりゃ覚えててはくれるんだけど、何ヶ月が経って次の握手会に行ったら“はじめましてかな?”って言われるんだ。
まぁ延べ何千何万人と握手してりゃ無理もないけどな」

「それで完全に認識されたのはどれ位経ってからなんだ」

「だから、2年程掛ったかな」

その言葉に何故か豊は引っ掛かりを覚えた。

「2年って遅い方なのか?」

「干さメンならすぐに認知されるだろうけど、神8メンだとそれぐらいだと思うよ、参加する度合いはあるけど」

暫く考えていた豊は

「なぁ、そのまゆゆと人気が匹敵するメンバーって誰がいるんだ?」

「えっどうした急に?分かった、ちょっと待ってろ」

と亮太はポケットからスマートフォンを出すとあるページを見せながら説明をし始めた


20 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 20:57:20.49 ID:Jhj6HPlB0
「今年の総選挙の順番からすると…。1位前田敦子、2位が大島裕子、3位は柏木由紀で4位が篠田麻里子、5位我が渡辺麻友、
6位小嶋陽菜、7位絶対的リーダーの高橋みなみ、そして8位板野友美。位かな」

亮太は画面ページをスライドさせながら説明する。
そこにはプロフィール用の写真なのかアップの笑顔の写真とローマ字表記で名前が記されていた。
豊はそれらを見ながら説明を黙って聞いていた。その中で一人気になったメンバーがいた。

「ちょっと戻してくれないか」

亮太は言われるがままに画面をスライドさせた。

「ストップ。この人は“かしわぎゆき”って言うのか?」

画面上には綺麗な笑顔の柏木が映し出されていた。豊はそこに書かれていた“Kashiwagi Yuki ”の文字で名前を読んだ。

「おっ、ゆきりんが気になるのか。ゆきりんはまゆゆのお母さんみたいな存在でAKBの中で最も仲が良いって言われてるから俺としてもお勧めだな」

「よし決めた、お前が渡辺麻友に認知されるのに2年掛ったのなら俺は柏木由紀に1年で認知させてやる」

「1年で?はっ、そんなの無理に決まってるだろ。ゆきりんもまゆゆと並んでトップクラスの人気があるんだぞ。出来るものならやってみろ」

とバカにしたように豊を笑った。


22 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 21:05:51.02 ID:Jhj6HPlB0
「そうだ」と何かを思い出したように亮太は「ちょっと部室まで付き合えよ」
いつものように亮太は強引に豊をその席から引っ張り出した。
部室に行く道すがらも豊は柏木由紀の攻略法を考えていた。
これは前から思っていたのではなく、亮太に張り合って言ってしまった事なのだが今更取り消す事は出来なかったと言うか、むしろ闘志が湧いていた。
亮太が部長を務める「アイドル研究同好会」の部室に入り置かれている棚からスクラップブックを取りだすとそのポケットから1枚のA4サイズのグラビアのページを切り取った写真を差し出した。

「これ、お前にやるよ」

そこには柏木由紀と渡辺麻友が二人仲良く抱き合いながら微笑んでいる姿があった。

「なぁ二人ともいい表情してるだろう。これがチームBでの二人の絆から来る自然な笑顔なんだな」

亮太は今にも溶ける様な顔でその写真を見つめていた。

「まぁこの写真もいいけどさ、出来るなら柏木由紀だけが写ってるのがいいんだけどな」

申し訳なさそうに言う豊に対して

「悪いな、俺はまゆゆ繋がりの写真しかストックしていないんだ」

と亮太は何故かニタリと笑った。


23 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 21:14:55.58 ID:Jhj6HPlB0
『愛しさのアクセル』

その日の夜、豊は早速ネットで柏木由紀の事を調べて、基礎的な知識はすぐに分かった。

「そう言えば亮太の奴、渡辺麻友のホームページを作っているって言ってたな」

そう呟きながら「確か“繭綿鍋パーティー”だったかな?」

検索を掛けるとすぐに見つかった。
トップページは華やかでところどころに渡辺麻友の笑っている写真が散りばめられてあり
“ようこそ繭綿が主催する鍋パーティーへ”とウェルカムボードが設置されていてその下にサイトマップが記されている。

「へぇーなかなか楽しそうじゃん」と豊はサイトマップの上から順番にクリックした。

最初は「渡辺麻友のプロフィール」で今までの経歴が綴られている。
2番目は「メディア関連ニュース」3番目は「AKB関連ニュース」4番目は「ツイッターのリンク」そこにはほとんどが握手会での情報交換のやり取りだった。
5番目は「BBS」になっていて訪問した人達が足跡を残していて亮太が管理人“繭綿”としてレスを返していた。
6番目には「ブログ」がリンクされていた。見るとほぼ毎日更新されていて最新のものは今日の出来事が書かれている。


7月11日(MON)
昨日握手会に連れて行った友人Kがなんとゆきりんを一推しにしたようだ。
そして大胆にもたったの1年で認知されるとの言う。昨日までAKBの事すら知らなかったのに…。
まぁ知らないからこそそんな事を言ってるんだろうけど。
とにかく「AKBへようこそ!」記念としてまゆゆとゆきりんのツーショットのグラビアをプレゼントしてやった。
奴はゆきりんだけが写ってるのを欲しがったが無いと断った。
本当はストックしてあったんだけどまゆゆへの推し変させる為の作戦としてあえて選んだ。
これからAKBヲタのしきたりを叩き込まなければと思っている。

「あのヤロー、持ってんじゃねーか」と思わずつぶやき机横の壁に貼った例の写真に目をやった。
とにかく先ずは握手会に行かなくては話にならない。
それにはCDを購入してそこに同封されている握手券を手に入れる必要があるようだ。
詳細は亮太から聞く事にした。


25 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 21:23:13.36 ID:Jhj6HPlB0

それから2カ月後1枚の握手券を手に入れて豊は亮太と共に幕張メッセの会場にいた。
今度は前回と違いかなり長蛇の列が出来ている柏木由紀のレーンに並んだ。
来る途中に亮太から「さぁお前のお手前を拝見させてもらおうかな」と散々言われた。
列に並びながら豊は冷静に周りを観察する、相変わらず同じファッションの人達と聞こえてくる会話は推しメンの話題
それと剥がしの悪口等ネットでは分からない生の声だ。それらをヒントにして色々策を講じていた。

やがて豊の番が回って来た。入口で柏木を目にした時に豊は不思議な気分に陥った、
いつも壁に貼られたポスター人物が目の前にいると思うと少し体が強張ってしまう。
「こんにちは!」と彼女が満面の笑顔で両手を差し出している、それに吸い込まれるように右手を差し出すと柔らかく温かい感触が豊の心を包み込んだ。
丁寧な言葉使いと引き込まれるような瞳を見ると前回の時に握手をした3人組とは全く違うオーラを感じた。
それと彼女が動くたびに漂うバラに似た香りがさらにときめく心に拍車を掛けた。

その後の事はあまりよく覚えてなく、どんな会話をしたのかすらも思い出せなかった。
ただ柏木由紀の愛しさだけが豊の身体を支配していた。
彼女のキャッチフレーズである「寝ても覚めてもゆきりんワールド」は間違いではなかったと実感した瞬間だった。


27 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 21:33:12.40 ID:Jhj6HPlB0

『君に会うたび 恋をする』

豊は認知される為のポイントをいくつか上げた。
まずは他のファンとの差別化として間逆に目立ち尚且つ好印象を与えなければならなく、
その為の容姿は重要視しなければならない一つとして結論を出した。
握手会参加は当然基本としても何枚も提出して何十分と独占するのは“自分の感情の押し付けでしかなく、相手にとっては迷惑に感じる”として3回位のループする方が良いと考えた。
「握手券入手の他に公演にも行ったりしなければならないし、交通費とかも馬鹿に出来ないからバイトをしなけりゃ…」
と本格的に動き始めた。

12月11日、豊は亮太と共に幕張メッセ国際展示場にいた。最初亮太は豊の姿を見て笑った。

「お前、就職試験の面接に行くのか?」

その日の豊の姿はそうとられてもしかたないスーツ姿だったからだ。

「うるさいな。俺はこれから彼女達に敬意を払って正装して会うと決めたんだ」

と言っては見たものの周りからはかなり浮いていると実感していた。


その亮太とも別れて柏木由紀のレーンに並んだ豊は頭の中で何回も握手した時の行動をシミュレーションしていた。
やがて間もなく自分の番が回ってくる頃になりポケットから予め作っていた黒地に黄色のポップ文字で大きく“K.Y”と書かれた缶バッジを襟元に付けた。

ブースに入ると、始めて会った時と同じようにいつもはテレビ画面で見ている本人がいる事に少し戸惑いながら彼女が差し出す両手に右手を差し出しながらありきたりな会話を交わす。
その際に彼女が豊のスーツ姿に不似合な缶バッチに目をやったのを見逃さなかった。
別れ際に「また回ってきます」「待っていますね」と言葉を交わしブースを出て行く時に剥がしと言われる係員に「お疲れ様です」と頭を下げた。
言われた男は不意の言葉に戸惑いどもりがちに「どっ、どーも」と返した。


28 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 21:43:14.65 ID:Jhj6HPlB0
柏木の反応に手応えを感じた豊は再びレーンに並びながら次の行動を再びシミュレーションした。
そしてまた手前に来るとさすがに恥ずかしくて外した缶バッチを再び襟元に付け直し2回目の握手に備えた。
彼女と目が合った瞬間握手よりも先に缶バッチを指差しながら「僕、小林豊って言います」と自己紹介した。
それを聞いた柏木は少し驚きながらも

「ああ、それでKYなんだ。てっきり私のイニシャルと思っちゃった」

「もちろん、そうですよ。まさか自分のイニシャルをわざわざ缶バッチにしませんよ、
僕はそこまでナルシストじゃないですし、ゆきりんと一緒ですと言いたかったんです」

と二人で笑い会うと出口に向かい「もう一回来ますね」っと離れた。
そして、やはりそこにいる係員に「ご苦労様です」と声を掛ける。
彼は今度は変事をせず笑顔で少しだけ頭を下げた。


3回目は柏木の方から姿を現した豊に向かって缶バッチを指差しながら

「え~と、“こばやしゆたか”さんですよね」

と声を掛けてきた。豊は心の中で(作戦成功!)と叫んでいた。

「よく覚えてくれてましたね!」

少し彼女に似たオーバーリアクションで返せば

「その缶バッチで思い出しますよ。私と同じイニシャルだもん」

と嬉しそうに笑う。

「握手よりも名前を呼んでもらった事だけで今日は来た甲斐がありました。
これからもずっと応援しますからね。それじゃまた今度も絶対に来ます」

互いに手を振りながら分かれるとやはり出口で係員に声を掛ける。
すると今度は向こうも「お疲れ様でした」とやはり笑顔で返して来た。

帰りの道すがら確かな手応えを感じながら「暫くはこの方法で印象付ける様にしなければな」と今後の展開を考えていた。


30 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 21:57:41.87 ID:Jhj6HPlB0

『ダルイカンジ』

半年前までの豊はAKB48なんて全く興味もなくただテレビで歌って踊っている集団だと認識している程度だった。
それが大学の友人である亮太からひょんな事から握手会に誘われてそして亮太の対抗意識を持ち渡辺麻友と同格の人気がある柏木由紀に1年で認識されると宣言した。
柏木由紀を選んだのもただ自分と同じイニシャルだった事だけでそれまで彼女の事は何一つ知らなかった。
ところがネットで色々知る度、握手会で手の暖かさに触れ香りで嗅覚を擽(くすぐ)られたり、声を聞きその瞳で見つめられる度に豊は胸を締め付けられ切なさでいたたまれないようになっていた。

彼女に会う為にバイトに明け暮れCDを何枚も購入し公演や劇場版CDの抽選も何枚も申し込み続けた。
そんなエネルギーを湧き出させるのも柏木由紀の魅力の所為だと豊は分析していた。

2012年4月7日、東京ビッグサイトで開催された「GIVE ME FIVE!」の大握手会に豊も握手券を3枚を持ってスーツ姿で参加していた。
前回名前を呼んでくれたからと言ってもう認知されたとは思ってはいない。
だから「確か前も来てくれましたよね?」って言われても何らショックもない、
むしろ缶バッチを指差し名前を告げた時に「あぁそうだ、“こばやしゆたか”さんだった」と言われた時、
それが柏木の記憶力の良さなのか社交辞令なのかリアクションに困ってしまった。

そして退出の際に係員に挨拶するのも忘れない、毎回違う人なのだが挨拶をする毎に戸惑っている姿を見るのも楽しみの一つになりつつあった。
そうしながらも少しずつでも認知されていると言う手応えは感じていた。


32 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 22:07:16.95 ID:Jhj6HPlB0

6月2日、柏木由紀は北海道真駒内積水ハウススタジアムにいた。
前日は深夜過ぎまで「東京ドームコンサート」のレッスンを行い当日の早朝便の飛行機で現地入りするスケジュールだった。
その日は正午から17時15分までの握手会だったがそれが終わるとすぐに東京に帰りまた深夜までレッスンそして翌日は幕張メッセでの大握手会に参加だった。

(ちょっとやばいかも)柏木は体の異変に気付いた。全体的にだるく体の節々が重い、熱が出る予兆だ。
開始までもう30分を切っている。

用意されているテーブルにひじを突いてだるさと戦っていると

「ねえ、ねえゆきりん。帰りに空港で海鮮丼食べない?」

渡辺麻友が声を掛ける。「えっ?」と顔を上げると目の前に麻友がニコニコしながら椅子に腰掛けていた。

「ごめん、聞いてなかった」

麻友は柏木の火照っていそうな顔を見て

「……ゆきりん?」

テーブル越しにいきなり柏木の額に手を当てて「やっぱり熱あるじゃん」と言うと柏木由紀のマネージャーを呼んだ。

「由紀、熱あるんだって?」

「大丈夫です」

マネージャーの吉川は「ちょっとごめんね」と断ると麻友と同じように柏木の額に手を当てた。

「大丈夫じゃないよ、今日は大事をとって休ませ貰おうか?」

「それはだめです。北海道での握手会ってそんなにないんですから、お休みなんて出来ません」

と頑なに休む事を拒んだ。

「わかった、じゃせめて薬だけは飲んでくれ。それと今夜のレッスンは休むんだ。東京には連絡しておくからわかった?」
柏木は少し悔しそうな表情を見せた。

「ゆきりん、もしかして無理してでもがんばる事がキャプテンの仕事だと思ってないよね?
ちゃんと休む時は休んで踏ん張るときは踏ん張るってところを見せるのがキャプテンなんだからね」

と麻友が横から会話に割り込む

「…麻友…。大人になったね」

柏木は嬉しそうに麻友を見つめると「うん、わかったよ。ありがと」と用意された薬を飲んだ。


35 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 22:15:11.20 ID:Jhj6HPlB0


帰りの飛行機に乗る頃には熱は更に上がり、羽田までの100分間シートにうずまるように毛布に包まれていた。
空港に降り立つとメンバーとは別れ柏木とマネージャーはタクシーに乗り込んだ。

「すぐに家まで送りたいんだけど、このまま病院に行くから」

「ええっ、家でゆっくり休みたい」

「飛行機に乗る前に事務所に連絡したんだ、そしたらいつも世話になっている病院に連絡しておくから今夜はそこで泊まりなさいって、会長が」

と吉川は最後の『会長が』の所を強調して半ば強引に納得させた。

「明日必要なものがあったら家に連絡して用意してもらえば僕が後で取りに行ってあげるから」

「分かりました…」

そう言うと携帯を取り出すと母親に事情を話し荷物を用意するように頼んだ。


37 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 22:25:38.36 ID:Jhj6HPlB0

『嘆きのフィギュア』

翌日、柏木由紀は他のメンバーより少し遅れて幕張メッセの会場に入った。

「ゆきりん、大丈夫?」

一番最初に駆けつけ心配そうに麻友が声を掛けてきた。

「ありがと、昨日はあれから病院で点滴をしながらお泊りしたから大丈夫だよ」

笑って答える柏木に「まだ無理はだめだよ」と麻友は心配そうに見つめた。

「柏木、大丈夫か?何なら午後から休んでもいいんだぞ」

と戸賀崎が寄ってきた

「大丈夫です」

「そうか、これから忙しくなるから無理は禁物だからな。今夜もレッスンなんだろ?」

「ええ、ドームコンサートのユニットレッスンがあります」

「そんなの休んでしまえ」

「そんな、昨日も休んだし…」

「いいや、ゆきりん今は休んで体調を整えるべきだよ」

と高橋みなみが柏木の後ろから声を掛けた。

「たかみな…」

「休んだ分ちゃんとまゆゆが聞いといてくれるって、体調が戻るまでレッスンは休んだ方がいいよ」

その高橋の言葉に柏木は麻友を見ると彼女は頷いて見せた。

「みんな、ありがとうございます」

「じゃレッスンの先生には僕から言っといてあげるから」

と戸賀崎はその場を離れていった。

「さぁ、そろそろ始まるよ」高橋はいつもの掛け声で気合を入れた。


38 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 22:34:19.97 ID:Jhj6HPlB0
会場にはすでにたくさんの人々が押し寄せていて相変わらずのAKB48の人気の高さをうかがわせる。
その中の柏木由紀のレーンの列の中に豊はいた。
以前亮太が『まゆゆと握手する為なら何日でも並んでやる』と冗談とも本気とも取れない言葉を笑い飛ばしていたが
今ではあながち間違いではないなと思い始めている自分に驚いていた。
柏木由紀に会いたいと言う想いだけが豊の全てだった。

入り口で握手券を渡しブースに入るとそこに柏木がいた。
いやむしろいる事が当たり前なのだが、いまだに彼女が目の前にいること自体が夢のように感じていた。
豊は胸をときめかせていたが彼女の表情を見てすぐに異変に気付いた。
柏木はこちらに向いて笑顔を見せて握手をしようと両手を差し出している。

「ゆきりん、疲れてない?大丈夫?」

「えっ?大丈夫だよ」

と笑って答えながら豊といつもの通り握手をする。

「手が熱い、熱出てるんじゃない?」

「うん、少しね。でも薬飲んでるから大丈夫」

「また回ってくるから、その時は息抜きに使って何の対応もしなくていいからね」

「ありがとう。豊さんは優しいね、でも心配ないから楽しんで」

豊は柏木の笑顔に見送られて離れた。出る間際そこにいる係員に「ゆきりんの事お願いします」と頭を下げた。
頭を下げられた男は二人のやり取りを見ながら彼の洞察力の凄さを感じていた。
大抵はハイテンションで握手をし思いをぶつけるのだが、すぐに彼女の体調の異変に気付き握手の際の掌の温もりで熱が出てると見抜いて、
次の僕の時間は息抜きに使ってくれって言う気遣い。
この男性も凄いがそんなファンを擁(よう)している柏木由紀も凄いと思った。


41 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 22:43:36.38 ID:Jhj6HPlB0


再び豊の番が回ってきた。入り口で残りの券2枚を出し時間を延長した。

「ごめん、2枚しかなくて。でも何もしなくていいから、数秒間しかないけど休んで」

「そういう訳にはいかないよ、せめて握手だけはしよう」

と両手を差し出す。豊はそれに合わせるように右手を出した。

「本当に時間までそのまま何も対応しなくていいから」

「じゃお言葉に甘えて」

そう言うと柏木はそっと目を閉じた。今まで豊は係員の剥がしにあった事はない、それは初めから決めてたことだ。
剥がしにあった後で「お疲れ様」と挨拶するとそれは皮肉でしかないから自分から離れていた。
しかし今は剥がしが来るまでこのままでいてあげようと思っていた。
握手をしたまま目を閉じてほんの数秒間の息抜きをしている柏木を見ているその時に腕の注射痕に気付いた、
その位置からして恐らく病院で点滴を受けていたんだと分かる。

ふと何が彼女にここまでさせるのだろうと考えた『生涯アイドル』が柏木由紀の目標だとは知っているが、
こうまでしてアイドルをさせる事が事務所の方針なのだろうかと疑問もある。

ふと20秒くらい過ぎている事に気付く。驚いて係員の方に目をやると彼は微笑んでうなづいた。
彼なりの思いやりによる配慮だと豊はわかった。柏木は豊が視線を移した時のわずかな体位の変化で目を開けた。

「ごめん、本当に寝そうになってた」

「少しは休めた?」

「うん、気分的にも大分と楽になったよ。ありがとうね」

「礼を言うのなら、あの人にも」

と係員の方を見る。言われた彼は柏木と視線が会うと照れくさそうに笑った。

「じゃあ、早く良くなってね」

「うんわかった。じゃあまたね」

柏木は出て行く豊に手を振った。豊は係員とすれ違う際に「ありがとうございます」と声を掛けると「こちらこそ、優しさをありがとう」と彼は返して来た。

ブースを後にすると背中から「寝ても覚めてもゆきりんワールド!」とファンに言わされている柏木の声が聞こえてくる。
その声を聞くとどこか言いようのない怒りがこみ上げてきた。


42 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 22:51:39.72 ID:Jhj6HPlB0
『ファンレター』


あれからずっと愛しくてたまらなかった柏木由紀に対する思いが少し変わった。
彼女が豊の優しさを疑うことなく受け入れてくれた事が何かのメッセージじゃないかとも思い始めていたのだ。

キャンパスのいつもの食堂の一角で豊は亮太と軽食を取っていた。
このところの話題と言えば「AKB」の事ばかりであった。
亮太はもう嬉しくてしようがないのか豊富な知識を駆使して豊の疑問に答えてくれる。

「なぁ、亮太。ゆきりんはAKBをやめないよな」

「ゆきりんが卒業?ないない、心配しなくてもいいから。多分まゆゆがいる限りやめないと思う」

「まゆゆがいる限り?」

「そう、ゆきりんはまゆゆの保護者だからずっと傍で見守っている筈だよ」

「じゃあさ、まゆゆがいなくなったら?」

「どうだろうな、でも生涯アイドルを目指してるからな…。」

豊は「そうか」とため息をついた。


43 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 22:58:43.24 ID:Jhj6HPlB0
6月17日、豊は再び幕張メッセで開催された「真夏のSounds good!」大握手会へと来ていた。
いつものようにブース入り口で握手券を1枚提出すると中に入った。
そこにいた柏木はまだ出口に向かって出て行く人に手を振っていた。
おそらくコンマ何秒か険しい表情になっていたであろう豊の表情は柏木がこちらを向くまでには笑顔をどうにか作っていた。

「あっ、この前は本当にありがとう」

「今日は元気そうだね」

「うんすっかり元気になったよ」

「そりゃ良かった。同じ“KY”をイニシャルに持つ者には心配で堪らなかったからね」

「他にもたくさんいるかもね“KY”の人は」

「じゃ“KY会”を作らなきゃ、会長はゆきりんで」

「そうだね、そのバッチを会員証代わりにしてね」

と豊のしている缶バッチを指差した。

「また来るから」

「うん、待ってるね」

いつもと変わらず元気な柏木に会えてほっとしている自分と
本当にこのままで良いのかと自問自答している自分がいる事に豊は戸惑っていた。


そしてそれは2回目のループの時に答えが出た。

2回目の時、豊は缶バッジを外し手に持っていた。

「これ、ゆきりんにあげるよ。“KY会”の会長として持ってて」

と差し出した瞬間、柏木はバツの悪そうな表情になり

「ごめん、ここでは貰えないんだ」

そう言って後ろの係員に視線を向けた。

「そ…そうだったね。ここでは渡せない決まりだったよね」

豊は彼女の意思を感じ取ったかのように振舞うと

「じゃこれは事務所の方に送るよ」

「うん、そうして」

と言うと彼女は顔の前で両手を合わせると少し頭を下げた。

(別にゆきりんが謝る事じゃないのに…)

豊の中で何かが弾けた。


45 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 23:08:34.27 ID:Jhj6HPlB0

その日ドームコンサートのレッスン会場にメンバーと共に戸賀崎も顔を出していた。
レッスンが始まると邪魔にならないように控え室でスケジュールの確認する事にした。
そしてそこには柏木のマネージャー吉川がいた。
「お疲れ様」と戸賀崎は声を掛ける。

「あっ、お疲れ様です。戸賀崎さんも大変そうですね」

「いや彼女達に比べたらまだまだ楽な方だよ。で、そっちは何をしてるの?」

吉川は紙袋から手紙の束を出して中身の確認をしている。

「柏木に届いたファンレターの確認ですよ」

「これ全部?」とテーブルに出された百通近い手紙を指差した。

「そうですよ、これでもまだ少ないくらいですよ。誕生日なんてこれの10倍は来ますからね」

と吉川は笑った。戸賀崎は向かい合うように腰を下ろす。

「やっぱりカミソリなんて入ってるの?」

「カミソリ?いつの時代の話なんですか。今は言葉の暴力ですよ、自分の推しメンに対する嫉妬からかも知れませんが
かなり辛辣な言葉で綴られてるんで本人には見せられないんです」

「そうなんだ、俺たちの頃はカミソリだったんだけどな」

「最近は検閲されているのが分かっているのか5枚くらいの便箋にびっしり書いていて、
最初と最後だけ丁寧に応援しています的な装いで、途中で思いっきりけなす言葉を浴びせてるんです。
僕たちが最初と最後だけ見てると思ってるからそんな手段を使うんです。ほんと知能犯です」

「そりゃ大変だ」

「とくに誕生日の分はなるべく早く渡してやりたいから事務所の若い者総出で確認作業するんですけどね、
ある時女の子がその作業中に『キャッ』って声を上げたものだから危険な物が入っていたのかと思って彼女の所に行くとそこにあったのはなんだったと思います?」
吉川は息継ぎの為か疑問を戸賀崎に投げかけた。
「えーっ、ゴキブリとか?」

「違います。男の裸の下腹部の写真です。おそらく本人なのでしょうけど今やパソコンから簡単にプリントアウト出来ますからね」

「わっちゃーそりゃ気持ち悪いな」

「でしょう?それで一度でもそう言う既成事実があると女性にはもうその作業を頼めなくなるんですよ」

「もしかしてセクハラ対策?」

「そうです。いや、本人は『大丈夫です、少し驚いただけです』って言ってましたけど事務所的にはNGですからね。
会長に知れたら大目玉ですよ」

「だから今ではこの作業は男性がする事が当たり前なんです。女性はプレゼントの確認をしてもらってます」

「でも、そのプレゼントの中にも…」

「やめてくださいよ、結構大変なんですよ確認作業は」

と二人は笑うと吉川は「そうだ、戸賀崎さんこれどう思います?」と一通の封筒を見せた


49 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 23:26:36.21 ID:Jhj6HPlB0

『禁じられた2人』

戸賀崎が帰宅したのは日付変更時を過ぎてからだった。
玄関の鍵をそっと回してドアをあけると玄関先の芳香剤の香りで家に帰って来た安堵感がした。
短い廊下を歩きながら上着を脱ぎネクタイを外すと出迎いに来た妻の菜代梨に渡す。
それからシャツのボタンを外しながら子供部屋のドアをそっと開けてまだ小さい娘の寝顔を見るのがお決まりだった。
部屋の灯りを点けることなくドア越しに届く廊下の照明に浮かび上がる我が子の寝顔を見ているとその日の疲れが吹き飛ぶ気がした。

「あなた、ご飯はどうする?」

とささやき声で菜代梨が訊くと戸賀崎は無言で子供部屋を出てドアを閉めるとシャツを脱いで
「今日は夕方にラーメン定食を食べたからな、お茶漬けでいいよ」そう答えながらスラックスも脱ぐと妻に渡し下着姿のままバスルームに消えた。

さっぱりとした姿で用意された夜食を食べている傍らで菜代梨は自分用に入れたミルクティーを飲みながら戸賀崎の話を聞いていた。
以前は仕事の話など家庭内ではしなかったがある日突然の仕事で夫婦で外食する約束を守れず、戸賀崎は言い訳をする事なくただ仕事だったとだけしか言わなかった。
その時の妻は怒りを通り越して呆れていたが数日後急にその時の仕事の内容を言い当てた。
でもすぐに答えは分かった、実は菜代梨とAKB総合プロデューサーである秋元康の妻である麻巳子夫人とは食事仲間だったらしいのだ、
そこで夫人の口から聞いたと言った。そこで菜代梨はため息をつきながら

「ねぇ、あなた。あちらは仕事の事でも夫婦で色々話し合っていると言うのに私たちは何?全く話してくれない。そんなに私頼りない?」
と詰め寄って来たので「そんな事はないよ」と返事をするしかなかった。
しかし意外と女性の考えは女性が良く分かっているのか妻の助言は役立つ事が多かった。


47 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 23:18:09.52 ID:Jhj6HPlB0
戸賀崎は受け取った封筒をテーブルの上で逆さにして中身を出すとカランと音がして中から缶バッチが転がり落ちた。

「缶バッチがどうした?」

KYと書かれている缶バッジを掌で転がしながら訊いた。

「それじゃなくて、その中身。手紙って言うかカードって言うかそこに書かれている内容ですよ」

戸賀崎はそう言われると改めて封筒の中に引っかかって残っていた手紙を取りだした。


“この前言っていた『KY会』のバッジを送ります。
これから、忙しくなりそうですね。体調に気を付けて下さい。

Ps;僕がゆきりんを様々なしがらみから救い出してあげるから、もう少しだけ待っててほしい。
だって僕たちはロミオとジュリエットなのだから。”


戸賀崎がその手紙の書かれていた内容を見終わると吉川が真剣な眼差しで返事を待っていた。

「差出人はどうもロマンチストみたいだな。自分をロミオ、柏木をジュリエットに置き換えて結ばれない恋人同士だとしてるんだね」

「それなら良いんですが、“しがらみから救い出す”とか“もう少し待ってて”とか何か引っ掛かりませんか?」

「そうかな?僕にはただ目立ちたいからってカッコ付けて書いているだけにしか見えないけどな」

と手紙と缶バッジを封筒に納めながら答えるとそれを吉川に返した。


51 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 23:35:36.65 ID:Jhj6HPlB0

「今日さあ、柏木のマネージャーと話をしたんだけどさ…」

と例のファンレターの事を話した。

「へぇー、ロミオとジュリエットってロマンチストじゃない」

「だろ?俺もそう思ったんだ」

「…でも最後、ジュリエットはロミオの剣で命を落とすんだけどね」

「えっ?」

「まさか知らないの?」

「許されない恋物語じゃないのか?」

「そうだけど。あのね最後、ジュリエットは知り合いの計画で仮死状態になる薬を飲んで墓場に埋葬されるの、
そしてロミオが後で棺を掘り起こし仮死状態から目覚めたジュリエットと共に逃げる手筈だったのよ。
でもその計画がロミオにうまく伝わらなくて棺の中のまだ仮死状態から覚めていないジュリエットを見たロミオは彼女が死んでいるものと思い、
悲観してその場で服毒自殺するのよ。やがて仮死状態から覚めたジュリエットは傍らで死んでいるロミオを見て嘆き哀しみロミオが持っていた短剣で自ら命を絶つの」

「結局二人とも死ぬのか…」

「そう、知らなかったの?こんな有名な話」

「知らなかった」


その夜、戸賀崎はなかなか寝付けなかった。
(まさか…、そんな事…)


53 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 23:45:06.59 ID:Jhj6HPlB0
翌日出社するとすぐに戸賀崎は秋元康に電話を入れた。
秋元は柏木が殺されるかも知れないと言う荒唐無稽な話を笑いながらも彼の真剣さに渋々スタッフを集めた会議をする事を了承した。

後日、office48の会議室に秋元を含めた主なスタッフと各劇場支配人、
キングレコード担当者そして柏木由紀マネジャーの吉川と警備アドバイザーとしてOJS48の大治一雄が顔を出していた。

「本日は忙しいところお集まりいただいて恐縮です」

戸賀崎は汗をハンカチで拭きながら挨拶をした。

「時間もないので早速本題に入りたいと思います。じつは柏木由紀に届いたファンレターの中に気になるものがありました」

そこまで言うと、あらかじめ吉川と打ち合わせしていた通り用意してあったプロジェクターに問題の手紙を映し出させた。

「気になる箇所はここです」

戸賀崎はレーザーポインターで示しながらその文面を読んだ。

「“僕がゆきりんを様々なしがらみから救い出してあげるから、もう少しだけ待っててほしい。だって僕たちはロミオとジュリエットなのだから。”と書いてあります。
皆さんはこれをどう思われますか?」

「これのどこがおかしいのですか?僕には単にメンバーとファンの事を“ロミオとジュリエット”と比喩しているようにしか思えないんですけど」

とキングレコードのAKB握手会担当である紺田大輔が先ず意見を述べた。他の者も無言で頷いている。

「皆さんはご存じないのかも知れませんけどこのロミオとジュリエットの物語の最後は二人とも死んでしまうのですよ」

「それは知ってるけど…」と広報の西山恭子が話し出す。
(えっ、知っているの?)と戸賀崎はショックを隠しながら着席して聞く事にした。

「でも確かに最初の文面は気になるわね。それを絡めると戸賀崎さんの心配も分からないでもない。
ゆきりんを殺(あや)めて最後は自分も…そしてあの世で二人は結ばれる?って事かな」

そこから様々な意見が出され始めたが、どれも憶測の域を出るものではなかった。


56 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/18(月) 23:55:07.92 ID:Jhj6HPlB0

「で、これがもし犯行予告としたらどうするんですか、中止するんですか?」

紺田大輔は少し声を荒げながら戸賀崎に詰め寄る。

「そこなんですよ、メンバーや来場者の安全を考慮するのなら中止にすべきでしょう。
しかしどの握手会を中止にするのか、もしくはいつまで中止にするのか見当もつきません。
ましてやこれが本当に犯行声明といえるのかも疑問です。」

「じゃ今日のこの集まりは何なのですか?」

「皆さんの意見を聞きたかったのです。ただ僕はこれは見過ごせない事と思ってます」

暫しの沈黙が訪れる。

「柏木はこの人物の事知っているのかな?」

ここで今まで静観していた秋元が柏木のマネージャーの吉川に質問をした。

「はい、この文面の事は伏せてますが同封されていた缶バッジを渡す際にそれとなく聞いてみました。
彼女は彼の事を知っていました。それも、僕の予想していた人物像とは程遠くて
とても礼儀正しく思いやりがあり服装もいつもスーツで爽やかな人だと言ってました」

それを聞いて秋元が疑問を口に出す。

「ストーカータイプの根暗な粘着系じゃないのか」

「柏木の話ではそう言う類いではないようですね」

秋元は腕を組み考え込んだ。

「これはやばいかも知れない。いつもスーツなんだろ?これは握手会ではいないとは言わないがめずらしい出(い)で立ちだよな。
つまり周りに流されず我が道を突き進むタイプじゃないかと思う、何となく僕自身と似ているような気もする。
その彼が何が原因か分からないけど柏木を救わなくてはと思い込んだんだ、間違いなく何か企んでいると考えて間違いないだろう」

「それじゃ中止に?いや柏木を休ませるとか?」

「そんなんやっても、なんの解決もなりまへんで」

野太い声の関西弁でOJS48の大治が意見を述べた。
OJS48とは秋元がプロデュースデビューさせた元大阪府警の警部ばかりと言う異色のチームである。
その経歴を生かしあらゆるイベントの警備のアドバイスを受けているのだ。


58 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/19(火) 00:04:14.92 ID:598N+VTU0


「おそらくそんな奴はチャンスが来るまでいくらでも待ちよるで。現行犯で捕まえやなあかん」

その話で戸賀崎は「現行犯で捕まえるってリスクが高すぎでしょう」と驚いた。

「いやそれより、それがいつ行われるかが分からない方が問題じゃないないでしょうか?」

と吉川が疑問を投げかけた。

「多分、7月8日の東京ビッグサイトだな」

秋元がその問いに答える。

「何でそう思うのですか?」

「『しがらみ』と『救い出す』と言う言葉から“AKB48”もしくは“運営”に対して何らかの怒りを抱いてると考えられる。
そして、行動を起こしてそれらに社会的ダメージを与えるとしたらその日以外考えられない」

「…そうか。AKB三昧の日だ!」

AKBの衣装担当の萱野しのぶが叫んだ。
それはNHK-FMで放送される「今日は一日“AKB”三昧 IN 東京ビッグサイト」と言う番組で
その日行われる握手会会場から生放送で正午から21時までの9時間放送される事になっていた。

「私も出演するから覚えているんです」

としのぶははにかみながら答える。そこで皆秋元の言葉の意味が分かった。

「その日に問題が起こるとかなりやばいですよ、生放送だしNHKだし…」

今度は握手会担当の紺田が悲鳴をあげる。

「ちょうどええ。相手が番組を利用するんやったらこっちも利用しましょうや」

「大治さんそれどう言う意味ですか?」

「いやさっきから、奴を誘き出すんやったらどうしたらええか考えてましたんや。
警備員を増やしてまうと目立って犯行に及ばへんやろうしと思ってな、でもその放送局の人間に化けたらええんと違うのかと。
それやったら多少うろちょろしてもおかしいないやろ?」

「なるほど、それは名案だ」

「ただ、メンバーには自然にしてもらう為にもこの事は知らせんほうがええやろうな。
その代わりわしらが絶対に守ったるさかい」

こう言う時のOJS48は実に頼もしいと戸賀崎は思う。

「分かりました。細かい打ち合わせはおいおい話し合って決めましょう」

その日の会議は戸賀崎の意見を認めた形で終わった。


60 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/19(火) 00:14:11.38 ID:598N+VTU0

『君のために僕は…』


「思えばお前に握手会に誘われてから1年経つんだな」

キャンパスの食堂のいつもの場所で豊と亮太はコーヒーを飲んでいた。

「そうか、もう1年か。そう言えばお前は1年でゆきりんから認知してもらうんだって言ってたよな。で、どうなんだ認知されたのか?」

「ああ、1年もかからなかったぜ。俺が考えた戦略なら」

豊は不適な笑いを浮かべ亮太を見た。

「な、なんだよその戦略って」

(釣れた!)豊は心の中で赤い舌を出した。

「世話になったお前になら教えてやるよ」

「何かその言い方腹が立つな」

と亮太は笑う。

「先ず俺は他の奴等より目立たなくてはと思ったんだ、要は差別化だな。その為にお前らを反面教師にした。
目立つとしても奇抜な服装や行動をとったところでその場だけの記憶でしか残らない。
だから俺は好印象で覚えてもらおうと考えたんだ。
その為にスーツ姿で礼儀正しくした、剥がしの世話にはならない様にしてそれだけでなく出て行くときにはその剥がしに挨拶を忘れない事を心掛けた」


「そうか、それで剥がしの時間をちょっとでも長くしようとしたんだな」

「ちがうよ。剥がしの世話にはならないって言っただろ。ゆきりんは出て行くまで見ていてくれる、すなわち俺がちゃんと係員に挨拶をするのを目撃するわけだ。
これも好印象を与える要因の一つになる。皆が彼らに対しておざなりな対応をすればするほど俺の行動が印象付けられるんだ。
それにゆきりんに対しては過剰な反応は求めず自然な受け答えが出来るような会話をする。そうしながら自分の人間性を見てもらう様にした」

亮太は訝(いぶか)しそうな表情で話を聞いている。


61 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/19(火) 00:23:04.72 ID:598N+VTU0
「そして俺が使ったアイテムが“KY”と書かれた缶バッジだ。これは黒地に黄色い文字で書かれただけのシンプルなデザインにした」

「柏木由紀だからか」

「それもあるけど俺の場合自分の名前を伝える際のアイテムとして使った。
自己紹介するときにこれを指差して言った。これは視覚的による刷り込み効果をねらったんだ」

「ええっお前自分のイニシャルを缶バッジにしたのかよ、ナルシストか、キモいな」

亮太は顔をしかめる。

「違うよ、そもそも俺がゆきりんを推しメンにしようとしたのは同じイニシャルだったからさ。
いいか、例えば家でテレビのクイズ番組を見ていて解答者の様に答えるとするだろう、
そしてアナウンサーの読む問題を聞いて考えるが実際は聞いて考えるんじゃなく画面下に出ている問題を見て考えているんだ。
実際視覚による人間の情報量は全体の83%も占めているから声だけじゃなく缶バッジの文字を見せて両方をリンクさせたほうが効率的に覚えてもらえると考えた」

「なるほどそれは分かるわ、聴覚だと分からなくても視覚だと分かる事が多いもんな。お前凄いなそこまで考えてたのかよ」

「まぁそれだけじゃなく、ゆきりん自身がファンの事を覚えようと努力してくれてるから何か印象付ける事を示してあげればすぐに認知されるんだけどな」

亮太は二人の努力によるものかと納得がいったが、他のメンにも通用するかな?と考えていた。


63 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/19(火) 00:33:09.59 ID:598N+VTU0
亮太は晩御飯を食べるとすぐに自分の部屋に戻り、ブログにきょう豊から聞いた戦略を詳しく載せてUPした。
すぐに次々と反応が返ってくる。それに対しての返事を書きながらコミュニケーションを取っている時間が好きだった。
そんな時携帯が鳴る、豊からだ。(勝手に載せた事のクレームかな?)と少し警戒しながら通話の表示をスライドした。

「もしもし、豊どうした?」
「……」

「珍しいなお前が俺に頼み事なんて、何だ俺に出来る事なら聞いてやるぞ」
「……」

「ゆきりんがあるのは、まゆゆのおかげだって?」
「……」

「いやそれはお互い様だろう」
「……」

「まゆゆに感謝の気持ちを伝える?そりゃ、まゆゆも喜ぶだろう。俺も協力させえもらうよ」
「……」

「えっ!俺がメッセンジャーになるのか?俺、ちゃんと伝えられるか自信ないよ」
「……」

「ICレコーダーで聞かせるのか、それなら大丈夫そうだ。まゆゆもおまえ自身の声で言った方が伝わるもんな」

亮太はパソコンでF5キーを押し更新される書き込みに対して返事を書きながら電話をしていた。
そんな時、新たな書き込みに“認知されたかどうか確認はどうするの”とあった。

「……」
「そう、認知されてるかどうかそれ気になってたんだ」

「……」
「そうか、缶バッジか。もしそのバッジの事をゆきりんから聞いててまゆゆがそれで分かったら間違いなく認知されてる事になるな」

「……」
「了解。じゃ当日の朝7時に駅構内のファーストフードで。あっそれと当日はラジオを持って来いよ」

「……」
「何だ知らないのか?NHK-FMで今日は一日“AKB三昧 IN 東京ビッグサイト”が生中継されるんだぜ。俺はスマホにNHKのラジオアプリをインストールしたから、お前もそうすればいいよ。それじゃな」


亮太との電話を切った豊はパソコンのディスプレイに表示されている亮太のブログを見ていのだ。電話をしながら受話器越しのキーボードの叩く音を聞き逃さなかった。
もともとそのブログを見ていたのだが更新すると新たな亮太の書き込みが確認できた。
そこで豊は匿名で“認知されたかどうか確認はどうするの”と書き込んだ。
これは、豊の頼みをさらに受け易くするための作戦だった。現に書き込んだ後にその話を振るとすぐに乗ってきた。
豊は友人を利用する事に後ろめたさが無い訳ではなかったが柏木由紀を救い出すためには止むを得ないと思っていた。
そして何故自分がこうしなければならなかったか運営サイドに分からせる為のメッセージを亮太に託さなければならなかったのだ。


66 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/19(火) 01:08:06.50 ID:598N+VTU0
豊はパソコンを閉じると机の引き出しから、この為に購入した『ガーバー ベア・グリルス COMPACT SCOUT』の折りたたみナイフを取り出しベッドに腰を下ろした。
ブレードを起こすと小さいながらも鋭い切っ先が何とも頼もしかった。
しばらく眺めていたが突然に壁に貼り付けてある亮太から貰ったグラビアに向かって投げつけた。
ナイフは見事にグラビアに突き刺さる。

そしてゆっくりと立ち上がると突き刺さったナイフに向かって行った。
ナイフは柏木を外れていたが豊はにやりと笑いナイフのハンドル部分を掴むと
一旦力を込め半分刺さっていたナイフを空洞になっている壁に根元まで押し込んでから引き抜いた。


68 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/19(火) 01:29:00.34 ID:598N+VTU0
『To be continued. 』

7月8日の日曜日AM7時、東京駅構内にあるファーストフード店で豊は亮太を待っていた。
亮太は豊よりちょっと遅れて来たが、奥のテーブルにいたいつものスーツ姿の豊を見つけると背負っていたリュックを下ろしながら向かって行った。

「今日はいつものまゆゆのTシャツじゃないんだ」

まだ亮太が席につく前に豊は挨拶代わりに声を掛ける。

「ああ、さすがに今日はな」

リュックとかぶっていたキャップを脱ぐと長座席の奥に置きながら腰を下ろし亮太は返事をした。
やがてオーダーを聞きに来た店員に豊の前に置かれていた同じモーニングセットを注文すると他愛の無い会話をした。

食事も済み落ち着いた頃

「そうそう肝心のICレコーダーを渡さなくっちゃ」

と豊は内ポケットから細長い小型のレコーダーを出した。

「実はまだ録音してないんだ、何て言えば良いのか分からなくてな。だからお前にも聞いてもらって意見を聞きたいんだけど」

「それはかまわないよ」

それを聞くと豊はレコーダーに向かって話し始めた。

何回か詰まったりしてやり直した後
『今のゆきりんがあるのはまゆゆのお陰だと僕は思っています。だから今日はまゆゆに僕自身の言葉でお礼を言いたくてまゆゆ一推しの友人の協力でこういう形をとらせて貰ってます。
これからもまゆゆきりんがもっと活躍出来ますように応援します』

と録音し長さも内容も良いんじゃないかとこれに決まった。
ICレコーダーをそのまま亮太に渡すと「ああそれから」と更にポケットからKYと記された缶バッジを二つ取り出し
その内の一つを亮太に渡し「これを見せて彼女が俺だと分かったらもう完璧だよな」
亮太は2個のアイテムを受け取ると「そうだな、まゆゆまで知ってるとなれば大したものだけどな」と笑いながらデニムパンツのポケットに突っ込むと席を立った。


70 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/19(火) 02:02:03.26 ID:598N+VTU0
「それじゃそろそろ行こうか」

そう声を掛ける亮太に

「ちょっと買い物をしなくちゃいけないんだ悪いけど先に行っててくれないか」

と残った缶バッジをポケットに蔵(しま)い、二つの伝票を取りながら豊も亮太の後の続いてレジに向かった。

「じゃあ、お互い2部の10時30分からな、その後二人は昼休憩になるから俺達のこと話し合うかもな」

「そうだとうれしいな。その為にもメッセンジャー役頼んだぞ」

「おお、まかしておけ」

二人はそう言いながら店の入り口で分かれた。

豊は亮太の背中を見送ると逆方向に向かって歩き出した。
やがてそこから少し離れたコインロッカーの前に来ると預けていたリュックサックを取り出し近くのトイレに入った。

しばらくして出てきた豊はスーツから着替えていてデニムパンツにTシャツそれにアポロキャップをかぶりリュックを背負っていた。

ただ、ナイフだけをデニムのポケットに忍ばせてながら。


84 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 11:05:18.48 ID:598N+VTU0
『僕だけのvalue』


警備員である石黒は朝から緊張していた。いやピリピリしているのは石黒だけではない、
今朝の朝礼でとんでもない事が起こる可能性があると戸賀崎支配人から話がありそれに続いて
OJS48であり今回の警備責任者である大治から警備配置と対処が説明された。
そう言えば昨晩も遅くまで防犯システムとしてテレビカメラがあらゆる場所に設置され何台ものモニターでチェックしていたのを石黒は思い出していた。
そして今、犯人と称される人物像を頭に叩き込み警備に当たっている。
石黒の担当は問題の柏木由紀レーンで他数人が警備していてブースの中には“柏木密着取材”としてラジオクルーに扮した3人が本人警護に付く手筈になっていた。
(スーツ姿にKYの缶バッジ)と頭の中で繰り返しながら並んでいる人達を目で追っている。
耳にしているイヤホンはオープン無線で全ての警備員に情報が共有出来る様になっていた。

1部が無事終わりいよいよ2部が始まる。
石黒は今の所怪しい人物は目撃していない、緊張感が少し途切れた頃昨晩遅くまで作業をしていた所為か欠伸が出かけた。
まさかそのまましてしまうとひんしゅくを買うので下を向いて欠伸を噛み殺す。
下を向いた際靴の紐がほどけているのが目に入った。
(やべっ、警備責任者に見つかったらどやされる)と慌ててしゃがみ込み靴紐を結び直したその時“カラン”と乾いた金属音が耳に入ってきた。
石黒はその体勢のまま音の方向に目をやる、すると2~3メートル先のそこには缶バッジがカラカラと回転しているのが見て取れた。
落とした人物が慌ててそれを拾い上げるとすぐにポケットに入れた。

石黒はゆっくり立ち上がると無線の送信ボタンを押し「戸賀崎さん、戸賀崎さん応答お願いします」と小声で話しかけた。
やがてイヤホンから戸賀崎の声が聞こえて来る。
「はい、戸賀崎です」
「柏木由紀レーン担当の石黒です。ちょっと確認したい事がありまして」
「はい何でしょうか?」
「今朝、該当者が持っている言われていた缶バッジですが、黒地に黄色い文字で大きくKYって書かれているんでしたよね」
「そうです。僕は実物を見てますから間違いありません」
「いました。その缶バッジを持っている者が」
その無線に戸賀崎とその無線を聞いていた全ての警備員に緊張が走った。
「僕の姿がモニターに写ってますか?僕は今頭を掻いています」
その無線を傍らで聞いていた大治は部下にモニターを操作させ彼を映し出した。
「確認できました」
「僕の視線の先を追って下さい、白いTシャツ、デニムパンツでキャップを目深にかぶりリュック姿の男が分かりますでしょうか?」
「紺色シャツの男の隣ですね」
「そうです、彼が犯人です。スーツ姿ではありません」
「ええか、そのまま気付かれへんように見張っとけ、すぐに応援を行かせる。奴の様子を逐一報告してくれ」
と大治が戸賀崎に代わって指示を与える。
「了解しました。絶えず報告を入れます」
すぐに数人が柏木レーンに集結し該当者に分からないように監視体制が取られた。


85 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 11:17:47.97 ID:598N+VTU0
大治はモニターカメラを見ながら頭の中で作戦を考えていた。そしてそこに報告が入る。
「石黒です。奴は俯(うつむ)きがちに帽子で顔を隠してますが、どこか落ち着きが無く先ほどからポケットに何回も手を突っ込んでるんですけど、
どうもそれが浮かび上がる形から見ると長細くて、もしかすると折りたたみナイフの様な気がするんです」
すると、その無線を聞いていた他の者からも「自分も確認しましたが同意見です」と報告が上がった。
「分かった、これは下手に手出しは出来ひんな。ええか指示があるまで動くなよ、絶対に監視されてる事を悟られたらあかんで、ばれたら何をしでかすか分からんからな」
「了解しました」
無線を切った大治は一人のけが人も出すことなく犯人を捕まえる為にどうするかを考えるが状況からしてそれはかなり難しいと苦慮していた。
(周りに人が多すぎるんや、奴を一人にせなあかん。そうなると握手するその瞬間が人も少ないしベストなんやけど、
一番危ない瞬間でもあるしな…。そうや!握手する場所を変えたらどうなる?そしてそこに柏木由紀がおると思わせておびき寄せて隔離したらどうや)
大治は頭の中で大まかな作戦を立てると傍にいる戸賀崎に声を掛けた。
「戸賀崎さん、すぐに部屋を確保できますか?」
大治は計画の概要を戸賀崎に話す。
「分かりました。至急ビッグサイト側に頼んで部屋を借りれるようにします」
「お願いします。もうそんなに時間は無いので至急で」
戸賀崎は警備室を飛び出すとビッグサイト管理ルームへと走った。
「何か私もお手伝いする事はないですか」
と西山恭子が声を掛けた。
「それじゃ、戸賀崎さんが借りる部屋で握手会が出来る手筈を整えてもらえまへんか」
「分かりました、すぐに用意させます」
西山は携帯でスタッフに指示を出した。


87 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 11:28:11.02 ID:598N+VTU0
豊は並びながら興奮を抑えるのに必死だった。
ひたすら自分のやろうとしている事の正当性を言い聞かせながら落ち着こうとした。
それでもだめな時はポケットの上からナイフを触ると何故か安心した。
(大丈夫だ、これさへあれば俺はゆきりんと幸せな世界で過ごす事が出来るんだから)
そう思いながら何度も何度もナイフの存在を確認した。
そうしながらも顔を見られぬ様にキャップで隠しながら回りの様子を伺っていた。
まさか缶バッジを送った際に同封したメッセージで今回の計画がばれたとは思わないがもしもの場合を考えての予防線は張ってはある。
柏木に対して明確な自分の意志をあの中に込めたつもりだった、
ただはっきりと伝えたのなら事務所サイドの検閲で引っ掛かり本人の手元に届かないばかりか計画自体の成功も危ぶまれるから比喩的な表現にした。



“ロミオとジュリエット”彼は深い意味も無く自分達を置き換えて表現したに過ぎなかったが今やこれが豊の計画を大きく狂わせただけでなく、
後にそれが大きな意味を持つ事になろうとはこの時は誰も知らなかった。


88 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 11:38:25.91 ID:598N+VTU0
『リターンマッチ』

戸賀崎が東京ビッグサイト会議棟の小さめの会議室を確保しすぐに西山の指示で臨時握手会室が作られた。
その頃には2部が始まってからすでに40分が経っている。
「石黒です。もうすぐ奴の番が回ってきます、指示を願います」
と無線が入る。
「戸賀崎さん、手筈通り頼みますよ」
大治は戸賀崎に声を掛けた。
「はい」
戸賀崎は電光掲示板に予め指示しておいた文面を出すように担当者に伝え、
無線で柏木ライン閉鎖をするように言うと柏木のブースへと急いだ。


“皆様へのお知らせ
柏木由紀ですが、体調不良の為一時握手会を中断させていただきます。
再開につきましては、今後の体調を見てご報告します。
ファンの皆様にはご迷惑をお掛けしますが何卒ご理解頂けます様にお願い致します。“


それが電光掲示板に表示される頃には戸賀崎は柏木を連れてブースを出ていた。
レーンに並んでいた者達の間で動揺が広がる。

柏木は腑に落ちない様子で戸賀崎に休憩場所へと連れて来られてそこで初めて真相を聞かされた。
「まさか、豊さんが…。信じられない」
その言葉を発したまま柏木は戸賀崎を見つめていた。
頭の中ではあの熱を出していた時の彼の優しさが思い起こされ、たった今聞かされた現実を受け入れる事を拒んでいた。
「柏木さんが信じられへんのは分かります。しかし私等はある程度の確証を持ってますしあなた達や来てくれたファンの人達、
それにスタッフさん達と彼自身を守らなあかんって思ってますんや。それには柏木さんの力がぜひとも必要になって来ます。どうか協力してくれまへんやろうか?」
大治は柏木に向かって頭を下げた。
「…わかりました」
「おおきに。絶対に柏木さんの安全は守り抜きますんで心配しないで下さい。それでは…」
と大治は関係者を集めると計画を説明した。


89 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 11:48:18.82 ID:598N+VTU0
石黒は男の様子を事ある毎に報告をしていた。
防犯カメラも絶えず追い掛けていたので行動は全て把握されている。
「そろそろ行きまひょうか」
大治の一言で計画がスタートされた。

電光掲示板に再び案内が表示される。


“皆様へのお知らせ
先程体調不良で握手会を一時中断しておりました柏木由紀ですが、
回復しましたのでただいまより再開します。
ただ、今後の柏木の体調を考えまして会場を会議棟6階の第609会議室にて座位体勢で行わせて頂きます事をご了承ください。
その為に少人数単位でのご案内になりますので御注意願います。
ご心配、ご迷惑をお掛けしまして申し訳ございません。“


実質柏木の握手会は20分程度中断されただけで再開された。
スタッフが並んでいた人達を先導して東京ビッグサイト会議棟の2階エントランスプラザに新たな列を作った。
それでも警備担当の石黒はどんなに混雑していようとマークしている男は見失わなかった。
「奴も列に並び始めました。西側1列目の真ん中あたりにいます」
「了解した、そのまま報告を頼む」
列の並びからして早目に回って来る事が分かった。
握手会が再開され一列50人単位でエスカレータで6階まで上げられホールで順番待ちをし一人ずつ部屋に入り握手をする方法が取られた。
柏木は詳細を聞かされた所為でショックを隠しきれずいつもの対応を取る事が出来なかったが
それが逆に体調不良を印象付ける結果となりリアリティーを助長していた。

「石黒です。奴に誰かから連絡が入って来ました共犯者がいるんでしょうか?
あっ今エスカレーターに乗りました。僕も同乗して上にあがります」
「了解こっちでも確認してる。共犯者はいないと思うおそらく単独犯やろな、いよいよ本番や皆気を抜くなよ」
石黒は緊張のあまり唾を飲み込む音がマイクに拾われないかを気にしながら報告を続けた。

今の所は滞りなく柏木との握手会は進んでいたが、やがてその時は訪れた。

「今入った人の次が奴です。さっきから右手をポケットに突っ込んだままです。注意願います」
「男が入ったら続けてすぐに入ってくれ」
「分かりました。今男が入ります!」


91 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 11:58:39.80 ID:598N+VTU0
ドアを開けるとすぐにパーティションが設置されていて部屋の全貌はそこからは分からないようになっていた。
「ゆきりん、これ分かる?」
と叫んで男が飛び込んで来た。しかし目の前にある机には彼女はいない。
右手に持った缶バッジを掲げたまま周りを見回した瞬間に後ろから入ってきた石黒に突き飛ばされ倒れ込んだ。
とっさの事で受身も取る暇も無く頭から床にもんどりうつ、男には何が起こったかさへ理解できない。
「何をするんだ!」
と叫ぶのが精一杯だった。
「うるさい!お前のしようとしている事は全部分かっているんだ!」
更に上から押さえつけたラジオクルーの扮した警備員達が怒鳴りつける。
そのうちの一人が男の帽子を取り顔を上げた。
「…違う」
そう言ったのは部屋の隅で西山恭子の後ろに隠れていた柏木由紀だった。
「豊さんじゃない…」
「だってほらこの缶バッジは確かに…」
と戸賀崎が転がっていた缶バッジを拾い上げると柏木に見せた。
「それは確かに豊さんが持っていた物だけど、その人は知らない」
そこにいた誰もが凍りついた。(間違いだったのか?)戸賀崎がそう思った時押さえ込まれていた亮太が叫んだ。
「いいかげん、放せよ!!!」
その言葉われに返った警備員は亮太を起こした。
「何だよいきなり。俺が何かしたか!」
「す、すみません。てっきり小林豊さんだと思って」
戸賀崎はひたすら謝る。
「俺はただ豊からこれを聞かせてくれって言われたからゆきりんに会いに来ただけなのに」
とデニムパンツの左のポケットからICレコーダーを取り出して再生ボタンを押した。


92 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 12:08:31.70 ID:598N+VTU0
“ゆきりん、君が奴らから縛られて身動き出来ないのは分かっていた。
だから僕がそこから抜け出すきっかけを作ってあげる。
その為に彼女には悪いけど犠牲になってもらうよ、そうなるとしがらみは無くなる筈だから後は君の力でそこから抜け出すんだ。
そして二人で幸せになろう、でもその前に僕は少しの間君と会えなくなるけど待っててくれるね”


そこで録音は終わっていた。
「聞いてた話とは違う…」
亮太がつぶやく。
「おい!小林はどこにいるんだ」
今度は戸賀崎が叫んだ。しかし亮太は呆然として答えられない。
「おい、小林は?」
もう一度今度は肩を揺すりながら叫ぶとわれに返った亮太が
「まゆゆ、まゆゆの所に」
「緊急連絡!奴の狙いは麻友さんや、柏木さんやなかった。
すぐに麻友さんレーンを閉鎖するんや!それからスーツ姿の男を捕まえろ」
と大治が悲鳴にも近い声で無線機に向かって叫んだ。
とんでもない方向に動き出した事態に皆動けずにいたが誰よりも早く行動したのは柏木由紀だった。
「いや~!麻友っ」
そう叫ぶと一目散に部屋を飛び出して行った。
「待て!柏木、行くんじゃない!」
戸賀崎がすぐに後を追う。


93 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 12:20:53.67 ID:598N+VTU0
『最終ベルが鳴る』

渡辺麻友のレーンは普段と変わりは無かった。
その中に紛(まぎ)れる様に豊は警備員を観察していた。
雑踏の中よく聞き取れないのか耳にしているイヤホンに指を押し当るしぐさから引っきり無しに何らかの連絡が入っているのが分かった。
そしてその度に隣のゾーンに視線を移している。

(隣のゾーン?ゆきりんのレーンかな…)
豊はその理由を推理する。
(もし、ゆきりんのレーンだとすると俺が送ったメッセージの影響か?あれのどこにゆきりんを警戒させるような意味を読み取ったのだろう)
豊は誰かを傷付けるような事は書かなかったしそんなニュアンスも出さなかったつもりだと考えていた。
(まさか、最後の“ロミオとジュリエット”か…。たしか主人公は二人とも自決するんだったかな?
そうかそれで俺がゆきりんを殺して自殺するって勘違いして警戒しているのか。
滑稽もいい所だ、お陰でこちらの事はノーマークになってやり易くなる)
そして声を出して笑いそうになるのをぐっと堪えた。
その後のゆきりんの体調不良の連絡も嘘だなっと見抜きすぐに再開される事も予想出来た。
(あいつらの考える事なんて、立場を変えて見ればマニュアル通り動いている事がバレバレなんだよな。
ちょっと亮太に探りを入れて見よう)
豊は携帯で亮太に連絡を入れた
「もしもし、ゆきりんレーン中断だって?様子はどうなんだ」
「ああ、会場を変えて再開したよ、体調不良だって。20分位の中断だったから大した事は無いと思うけど念の為に室内でやるみたい、
そこは空調が効いてるからな恐らくこの暑さでダウンしたのかもな。あっ動き出した、もうすぐ俺の番だから切るぞ」
「メッセンジャーの仕事頼むぞ」
「ああ任しとけ、じゃーな」
携帯を切った豊は決行の時間が近い事を意識し始め今まで以上にポケットのナイフを確認した。


100 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 15:38:10.04 ID:598N+VTU0
やがて麻友レーンの突然の閉鎖でその時が来た事が分かった。
警備員が「この人数では無理です。対象者が何人もいます」と無線器に叫んでいるが聞こえる。
突然のレーン閉鎖だけでも混乱するのにスーツ姿の男達が次々と引き出されるので更なる混乱が起きてレーンはパニック状態に陥った。
豊は混雑しているレーンでブースに向かい進んで行こうとしたがほとんど進む事が出来なかった。
(やばい、このままじゃ麻友がいなくなってしまう可能性も出てくる)
あせりにも近い気持ちになり慌てたが実際には渡辺麻友はそこから避難させられる事は無かった。
何故なら増員された警備員のほとんどが柏木の警護に取られただけでなく麻友レーンには対象となるスーツ姿の男達が多く、
確保するだけで手一杯だったのだ。
それに彼らは『犯人、すなわちスーツ姿の男達を押さえれば渡辺麻友に危険が及ぶ事は無い』と言う考えで
麻友を避難させる人員を割(さ)くよりも犯人確保の方を優先したのである。

豊は思い通り進めない苛立ちから背中に背負っていたリュックを外すとその場に捨てて我が身一つでブースに接近して行った。
そして、やっとの思いで入り口付近までたどり着くとそこには一人の大柄な男がふさぐ様に立っていた。
(強引に飛び込んで行っても跳ね返されるのは分かる。仕方ないこれで排除するしかないか)
とポケットから折りたたみナイフを取り出した。
(さぁ行くぞ)
ブレードを起こそうとしたその時バックヤードから叫び声が聞こえた。
「麻友っ!」
その声は騒がしい会場内に響いた。
(ゆきりん?)
そう思ったのは豊だけではなかった。
「おい、今の声ゆきりんじゃないか」
その場にいる何割かの人々がもう一度その声を確かめたくて静かになった。
「麻友っ!」
今度ははっきりそして大きく聞こえた。間違いなく柏木の声だとほとんどの人が認識した。
「何か尋常じゃない声で『麻友』って叫んでるぞ。まゆゆに何かあったのか」
それは麻友レーンに並んでいた人達だけではなく他のレーンに並んでいた者達にも同じ疑問を持たせてしまう。
そしてそれを確かめるべくして人々は麻友のブースへと押し寄せた。
豊はそのチャンスを見逃さない、あまりにも多くの人が集まった為に柵が崩壊しかけたので群集を制圧すべく入り口で仁王立ちしていた係員もその場を離れたのだ。
入り口に向けて走り出すのとブレードを起こす動作を同時にしながら豊は麻友ブースに入り込む事に成功した。


104 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 15:50:46.95 ID:598N+VTU0
渡辺麻友は突然の握手会の中止に訳が分からず呆然としていた。
ただ係員の異常な慌てぶりと外の混乱の様子からして唯ならない事が起こっているのは分かった。
ここから逃げ出した方がいいのか良いのかそれとも指示があるまでここに待機してた方が良いのか
考えあぐねていたところに柏木の自分を呼ぶ声が聞こえた。
「ゆきりん…」
心細くなっていた麻友にその声は頼もしくも聞こえ、「ゆきりんが来てくれる」と思うと落ち着きが取り戻せた。
ところが飛び込んで来たのは知らない男でしかも手にはナイフが握られてるのが見えた。
麻友は驚きのあまり身動きが取れない。

豊がテーブルの向こうで立ち尽くしたままでいる渡辺麻友を確認したその瞬間
「麻友!」
そう叫びながら今度は出口側から柏木が飛び込んで来た。そして、麻友を挟んで豊と柏木が対峙する。
柏木はそこにいる豊を見ると哀しい表情になった。
(ゆきりん、どうしてそんな顔をするんだ?)
豊の動きと思考が止まる。
それから柏木は豊の持っているナイフを見ると険しい目になり、次の瞬間テーブルを乗り越え豊から麻友を庇う様に抱きついた。

それをまるでスローモーションの様に見ていた豊は全てを悟った。
(俺はまた否定されたのか?あの時の様に…)
学生時代クラスメートから告げられた2%の否定。
忘れたつもりでいたが再び柏木から突き付けられたのを目の当たりにして豊はもう何も考えられなくなる。
そして無意識に持っていたナイフを握り替えようとしていた。


105 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 16:00:49.17 ID:598N+VTU0
誰に突き飛ばされたかは分からなかった。
気付けば豊は飛ばされるように倒され手に持っていたナイフはクルクルと回転しながら床を滑って行く。
すぐに体勢を起こし本能的にナイフを拾おうと手を伸ばすがすでに駆け付けていた警備員数人に押さえつけられた。
それでも必死になって右手をナイフのほうへ伸ばした、しかし今まで気持ちを支えてくれていたそれはすでに手の届かない所へ行きその場で回転を続けている。

やがてその回転もゆっくりになると切っ先を豊に向けた状態で止まった。

「うおぉぉぉーっ!」
それを見て豊は全ての抗(あらが)いを止めて大声で叫んだ。
その叫びは会場全体に響き渡り、まるで終焉のベルの様にも聞こえた。


戸賀崎はとにかく豊に体当たりしてテーブルを跳ね除けそこで抱き合っていた二人に更に覆いかぶさる様に抱きつくとその勢いのまま床に倒れ込んだ。
(く、苦しい息ができない。あぁ私はこのまま死ぬんだ)
と麻友が思っていたその時、後ろのパーティションが壊されて麻友と柏木が救い出されたのだった。
「まゆゆ、ゆきりんさぁ早く逃げて」
そう声を掛け助け出してくれたのはファンの人達だった。
それは自分達のファンだけではないと言うのが着ているものやアクセサリーからも分かった。
「こっち」
と二人に手を差し出して誘導してくれた女の娘達もそれぞれ推しメンを持っている人達だった。


そして逃げながら柏木は背中で豊の叫び声を聞いた。


106 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 16:12:34.38 ID:598N+VTU0
『スクラップ&ビルド』


『今日は一日“AKB”三昧 IN 東京ビッグサイト』の石原真エグゼクティブ・プロデューサーは事前にAKB総合プロデューサー秋元康から今回の騒動を内密に聞かされていたが、
本番直前に解決したとの報告で安堵した。スタッフもその事件を耳にし放送内での扱いを相談しに来ていた。
「ただの騒ぎだろう、詳細はまだ分からないし別に取上げないでいいよ。で、けが人とか出たのか?」
「今の所そんな連絡は聞いてません。麻友さんも無事だと確認されてます」
「えっ、まゆゆだって?ゆきりんじゃなくて…」
「はい、麻友さんのブースに暴漢が入ったって聞きましたが。柏木さんがどうかしましたか?」
「ああ、いや何でもない。とにかくこの件は番組内では取上げなくていいから」
「わかりました。それじゃ間もなく本番ですよろしくお願いします」
と言い残すとスタッフは控え室を出て行った。
(ゆきりんが襲われたんじゃないのか?)
石原はもしかしたら秋元に聞いていた話とは違うのかと困惑した。

番組はメンバー達をゲストに迎えインタビューと彼女達のリクエストで進行されていった。
その中でも石原EPのAKBの知識は並外れたものがあり、
メンバーとの会話の中に豆情報が色々散りばめられリスナーを飽きさせる事はなかった。

そんな中、裏方ゲストとしてAKB側のスタッフの秋元はもちろんとして戸賀崎や西山やキングレコードの紺田大輔も呼ばれていたが
同時に警察の事情聴取にも呼ばれていた。特に番組後半にも出演予定だった戸賀崎に関しては事情聴取でかなりの時間が取られ
番組出演が不可能になった。そこで変わりに秋元が彼の分まで出演しカバーに回ったのだった。


108 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 16:23:00.02 ID:598N+VTU0
翌日office48の会議室にはスタッフ関係者一同が招集されていた。
今回の握手会の事件は握手会自体の存続にかかわる重大な事態だった。
けが人こそ出なかったがそれは単に偶然だったに過ぎないとそこにいた誰もが認識している。
今は取り合えず次回以降の握手会開催は未定と公式HP上ではアナウンスしていた。
「AKBは今や知名度も上がり観客動員数もデビュー当時から比べると桁違いに増えました。
そして握手会に来てくれるファンも増大し我々に制御できないところまでに来ているんじゃないでしょうか?
そこで、今後この問題にどう対処して行くかが課題になるかと思うのですが皆さんのご意見をお聞かせ頂ければと思います」
戸賀崎がそう挨拶すると着席し皆の意見を待った。
「握手会を無くすなら代替のイベントを考え、続行なら問題点をどうするのかでいいんですね」
キングレコードのAKB握手会担当の紺田が戸賀崎に聞く。
「そう言うことです」
「それじゃ私は続行と言うスタンスを取らせてもらいます。何故ならCDの売り上げに多大なる影響があるからです」
これは自虐的な意見とも言える発言だった。
今やミリオンを超える楽曲を何枚も叩き出しているAKBだが制作側の苦悩をよそに
おまけ的な握手券や投票券の方が売り上げを伸ばす要因だと言っているに等しいのだから。
「でも今回の事でメンバー達も精神的のもかなりのショックを受けたはず、何らかの手を打たないと」
と西山恭子は憔悴した柏木由紀を思い浮かべながら発言した。
「それでは握手会に変わるイベントはありますか?」
戸賀崎の問いかけに
「特別公演をすればどうですか?」
と一人のスタッフから意見が出る。
「それじゃみんな一枚しか買わなくなるからだめです」
紺田が反対する。
「なら特別席を設けて“10枚席”とか“50枚席”とかならどうですか?」
「うん、それなら…」
と喜ぶ紺田に西山が疑問を呈する。
「紺田さん、もしその“10枚席”を10席用意したとしますよね、でも実際10枚チケットを持ってきた人が20人いたらどうします?」
その例えに紺田は答える事が出来なかった。
「それにコンサートはコンサートでしょう?握手会に匹敵するようなイベントでしょうか」
それから暫らく意見が途絶えた


111 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 16:31:56.06 ID:598N+VTU0
「じゃんけん大会の投票券を作ったらどうでしょうか」
別のスタッフの一人が手を上げて発言する。
「どう言う事?」
「はい、競馬みたいに単勝、複勝、三連単とか予想してもらうんです。
人気云々ではありませんから誰が勝つか分かりませんし面白いと思うんですけど。
もちろん勝った場合は倍率ごとに予め賞品を決めていてそれを手に入れられるとしたら…」
「そうか、当てた人が多ければ倍率が下がり賞品もしょぼくなり、一人勝ちすると倍率も上がってレアな物が手に入るとしたら、
みんな投票券を何枚も買ってくれるかもしれないな」
それまで聞き手にまわっていた秋元がここで口を開いた
「確かに面白い発想だけど、CDを出す度にじゃんけん大会を開催するのか?
それだと本来のじゃんけん大会の重みがなくなるだろう、それに小中学生にギャンブル紛いな事をさせるのもどうかと思うぞ。
それよりそれぞれ48グループのメンバーも話し合ってるんだろ?彼女達はどう言ってるんだ」
「はい、48グループ毎に話し合っています。それによると…」
秋元は戸賀崎の話を遮り
「ああいいよ、直接彼女達から聞きたいから次にでも各代表者をここに呼んでくれる?
結論は彼女達の意見を聞いた上で決めよう」
と言い結論は持ち越された。
確かに握手会の事は早急に決めなければいけない問題だったがメンバーの意見を聞くのも大切だとその日の会議は終わった。

 
テレビのワイドショーはこぞって今回の事件を取り上げた。
“ナイフを持った暴漢が渡辺麻友に襲い掛かるもスタッフの手によって取り押さえられ誰一人のけが人を出す事がなかった”と芸能レポーターが解説している。
今回ばかりは警察沙汰にもなりAKBサイドもコメントを出さざるを得なかった。
「今回の事件は我々AKBとしても今までファンの方々と築き上げてきた信頼を根底から覆す事と捉えています。
メンバー達も動揺が広がり今後の握手会の開催の是非に付きましても検討中であります。
ただ待って下さっているファンの皆様の為にも今後メンバー共により楽しめるイベントを作って参りますので今しばらくお待ち下さい」
と一方的に発表し事件の詳細は警察の捜査中と言う事で答えなかった。


113 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 16:41:29.93 ID:598N+VTU0
NET上の掲示板には様々なスレが挙げられていた。それらのほとんどが噂に尾ひれをつけたもので『デマとはこんな感じで生まれるんだよ』と言う見本市の様だった。
その中で核心を付くスレが立った。


『ゆきりんは預言者なの?』

「ちょっと現場にいたおまえらに聞きたいんだが、ゆきりんが麻友って叫びながら走って来た時に事件はすでに発生していた?」
「あの時は麻友レーンが急に閉鎖されて何故かスーツ姿の奴らが警備員から連れ出されていて混乱してたから事件は起こっていたんじゃないの」
「いや、ゆきりんが混乱している麻友レーンを見て心配になってまゆゆの所に駆け込んだんじゃないの?」
「あっそれ俺目撃した。ちょうどその時まゆゆの隣のみゃおレーンに並んでいて突然ゆきりんの声が聞こえて来たからまゆゆレーンの方を見ていたんだけど
後ろから押されてフェンスが壊れそうになったのな、そしたらまゆゆブースの入り口にいた警備員が来て押し返されたんだ。
その瞬間ナイフを持った男が入って行くのが見えた、恐らく俺以外にも見てた奴がいたと思う。
誰かが、握手が終わって後ろを通っている奴らに『まゆゆがやばいから助け出してくれ!』って叫んでいて
すぐに後ろの壁を壊して二人をそこから出して女の子達が手を引いて逃がしてた。だからゆきりんの叫び声の後だな事件が起こったのは」
「俺が壁を壊して二人を逃がした一人です。
確かに『まゆゆがやばい』って言われたから無我夢中で壁を壊して中を見たら足元でまゆゆの上にゆきりんが倒れてて
更にその二人にかぶさるようにtgskがいたから犯人がtgskだと思ったんだ。
そして二人を逃がした後すぐ傍で男の叫び声が聞こえたから見たら何人かの警備員に押さえられていてこいつが犯人だと思ったよ」
「結局、ゆきりんはまゆゆレーンの異変に気付いて駆け付けたって事か?」
「そしたら、たまたま暴漢も飛び込んで来たと?」


114 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 16:50:42.67 ID:598N+VTU0
「おい待て!お前ら重要な事を忘れてないか?
あの時ゆきりんは体調不良で会議棟の6階の室内にいたんだぞどうして麻友レーンの騒ぎに気付くんだ?
それにあそこから駆け付けるのに5分以上は掛かるぞ」
「えっっっ!それはどう言う事なんだ!!!!!」
「ゆきりんのまゆゆを思う力が起こした虫の知らせってやつなのか」
「ばかか?そんなの簡単だろ。運営は最初から何か起こるって分かっていたんだよ、
それをゆきりんがスタッフから聞いて握手どころじゃないって飛び出したのが真相じゃないか」
「何それ、それじゃ知っててまゆゆを危険に晒したって事?」
「だろうな、いたずらだと思って軽く見てたんじゃないの」
「もしかすると俺達も襲われていたのかも知れない?」
「gkbr!!!」
そこからはいつもの運営批判が始まり収集がつかなくなって行った。
そして一つの書き込みが答えを出す。
「ゆきりんが駆け付けた原因は俺かも知れない」
との書き込みに皆が注目する。
「実はあの1時間前位に危なかしい奴を目撃したんだ。そしてその事を運営に連絡した。
多分その話をスタッフが喋っているのをゆきりんがどこかで聞いてたのかも知れないよ」
「そうしたら本当に事件が起きてて、ゆきりんがまゆゆを助け出したって言う訳だな」
「危険を顧(かえり)みず、飛び込んだって事か。やっぱりまゆゆきりんてガチなんだな」
「何か感動した」
「映画化決定だな」
「通報した奴もファインプレーだな」

でも誰もレーンから連れ出されたのがスーツ姿の男ばかりで実際の犯人はTシャツ姿だったと言う矛盾には気付かなかった。


116 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 17:01:03.22 ID:598N+VTU0
西山恭子はあの日から様々な情報を集めていてそれを周りのスタッフにも頼んでいた。
空いた時間があればそれらの情報の整理をしている。そこへ戸賀崎が業務連絡にやって来た。
「西山さん明日15時から例の会議を開催しますからお願いしますね」
「分かりました。ああ、戸賀崎さんの耳に入れておきたい事があるの」
「はい?何ですか」
「実は私あの事件の情報を集めてるんだけどね、昨日だっけ?」
と広報室奥の机で作業をしているAKB48オフィシャルカメラマンの荒井広希の方へ覗き込むように問いかける。
「そう昨日です」
「それをスタッフにもお願いしてるんだけど、昨日ねぱんちょが掲示板でゆきりんがあの事件前に既に起こることが分かっていたんじゃないかって。ねぇ、ぱんちょ話してあげて」
西山はそう言ってぱんちょと呼ばれた荒井に話を振った。
彼は作業を中断して奥からキャスター付きの椅子に腰掛けながら戸賀崎が座っている側までスライドしてきた。
「いいですよ。実は昨日ネットの例の掲示板を見ていたんですよ」
と一連の話を順追って説明した。
「僕が見た時は既にある事ない事が書かれていて戸賀崎さんに問いただそうとまでなってたんですよ。
で咄嗟に僕が『おかしな奴がいたから自分が事前に運営に連絡した』って書き込んだんです。
だから、スタッフの話が漏れ聞こえてゆきりんが知ったんじゃないかと言う事になってるんです」
「グッジョブだ、ぱんちょ」
「確かに数日前に分かってたって事が知れ渡ると問題になるかもね。
そもそもあのメッセージは伏せられてるんでしょ?」
「あの、缶バッジと一緒に送られてきた奴?あれは警察から“真犯人しか知り得ない事実”として発表は控えてほしいって言われてますからね。
もし唐突に『事前に知っていたんですか?』って聞かれたら返答に困っただろうな」
「だから、誰かにもし聞かれたらそう言う連絡があって注意してたって事にしてよね」
「分かりました。ぱんちょありがとうな」
「それとたまには例の掲示板ぐらい見た方がいいかもよ。真実20%位の感じでね」
「了解です」
事件の全容が見えないだけに憶測だけが飛び交ってとんでもない事になっているんだなと痛感した、
これからはあらゆる事にも気を付けなければと戸賀崎は広報室を後にしながら思っていた。


119 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 17:14:08.99 ID:598N+VTU0
翌日、会議室には前回のメンバーに加えHKT48から指原莉乃、NMB48から山本彩、SKE48から平田璃香子、
そしてAKB48からは高橋みなみと当事者として柏木由紀と渡辺麻友が招集されていた。
戸賀崎はメンバー達に今までの経緯を話し君達の意見を聞きたいと今回の主旨を説明した。
秋元は補足として
「こちらの都合は一切考えなくていい。君等の本音を聞きたいんだ。先ずはHKTから聞かせてくれるか」
と進行する。言われた指原はやや緊張気味に背筋を伸ばした。
「はい、私達HKT48はあれから皆で何度も話し合いました。
中には動揺しているメンバーもいます。でもHKTはデビューもまだで他の国内3グループに比べて知名度もぜんぜんです。
それ故に握手会って言うのはググタスと同様自分達を知って貰うチャンスの場と捉えていてほとんどのメンバーは握手会続行を希望しています。
とは言ってもうちはほとんどが子供達です、だからその点も踏まえての結論をお願いします」
秋元は指原の意見のなかの“うち”と言う言葉でもう彼女は“元AKBじゃなくてHKTの指原”だなと嬉しく思っていた。
「ありがとう、じゃNMBは?」
山本は小さく咳きをすると話し始めた。
「NMBもチーム毎に話し合い各チーム代表が更に話し合いNMBの意見としてまとめました。
うちらの場合も指原さんと同じ意味合いで続行希望です。
それとNMB劇場に今年1月に放火予告があったんですけどスタッフや警察の人達のお陰で大きな混乱もなく公演を行った経験があります。
これからも私達はスタッフさん達を信じて一緒にやって行きたいと思ってます」
「ああ、そうだったね覚えているよ。僕も心配していたんだ、そう言う事も今後の課題かな。ありがとう、次SKE」
「はい。SKEもAKBさんに次いで握手会参加も長いですから色々あり、
関係ないですが以前は劇場で殺人犯が来てたと言う事で逮捕、自殺騒ぎがありました。
握手会なら暴言やいやな態度を露骨に取られたメンバーは何人もいます。
それでもやはり握手会は続けてほしいと言うのが私達SKEの意見です。
それだけファンの皆さんと接してお話が出来る事を楽しみにしているんです。」
平田璃香子は詰まりながらも一生懸命発言した。
「そうか、でも怖くはないの?」
「怖くはないって言ったらうそになりますけどそれ以上のものがそこには有るんです」
「分かった。じゃあ高橋」
「はい」と答えると高橋は落ち着いた口調で話を始めた。
「私達AKBグループのコンセプトは“会いにいけるアイドル”です。
それはスタートした当時からのキャッチフレーズでもあり基本でもあります。
例え東京ドームを満員にしてもキャパ250人余りのAKB劇場でも公演を続けて行きます、それは握手会でも言える事なんです。
握手会がなくなるのはAKBグループのコンセプトに反する事と考えます。
確かに直接触れ合う事による様々な心配事はあるとは思うんですけど
それに関してはスタッフさんや警備の方に迷惑をお掛けするかも知れませんが続けさせてほしいです。
もし私達に問題があるとしたら注意しますから言って下さい」
「ちょっとええか?」
と断ってOJS48の大治が話に割り込む。


121 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 17:25:22.25 ID:598N+VTU0
「高橋さん、それは違うで。問題があってメンバーに何かあったらそれはあんたらの所為やない。
守りきられへんかったわしらの責任や。あんたらはそんな事気にせんといつもの通り笑顔でファンの人達に接したらええねん。
話の腰を折ってすんまへんでした、それだけは言いたくて」
高橋は大治に向かって軽く頭を下げた。大治もそれに対して笑顔で頷きながら返した。
秋元は最後に柏木と渡辺に話をするように促し、それを受け柏木から思いを口にした。
「私は正直まだ分かりませんと言うか怖いんです。
さっき高みなさんが言ったように自分の態度に勘違いさせる言動があったのかと考えるとこれからどう振舞って行けばいいのか分かりません」
柏木は自分の所為で麻友に危害が及んだのがかなりのショックになっていた、その事はその場にいた皆が理解している。
それ故に「そんな事ないよ」と簡単に声を掛けられなかった。
「じゃあ次に私が」と小さく手を挙げながら麻友が話し始めた。
「あの時、私は何が起こったのか分かりませんでした。
急に男の人が飛び込んできて驚いていたらゆきりんも来てそれから台を飛び超えて来て
私に抱きつき耳元で“大丈夫、私が守るから”ってささやき続けてくれたんです。
その次に戸賀崎さんもいきなり飛び込んできて私達は押し倒されて私はすごい重さで死ぬかも知れないって思った時に
後ろの壁が壊されてファンの人達に助け出されました」
麻友はその瞬間を思い出しつつ拙い言葉でも懸命に想いを伝えようとしている。
「だから私思うんです。ファンの方を疑う事を前提にするんじゃなく、
信じる事を前提にするのが握手会の基本じゃないでしょうか」
麻友は話し終わった後恥ずかしそうに身を縮めて俯いた。
「まゆ…。前もそうだったけどほんとに大人になったね」
と柏木が麻友の肩を抱いて褒めてから秋元に向かって
「私もそう思います。もう一度ファンの皆さんを信じたいと思います」
「柏木、怖くはないの?」
「怖いです。でもやっぱり私は私のままでしか出来ませんから」
そう言う柏木の話を聞いて秋元は結論を出した。
「今の麻友の意見が答えだな。まさか今のままの形ではだめだと思うが握手会は続行する方向で行こう」
その後メンバーを含めた参加者から握手会に対する問題点や善後策が話し合われ会議は閉会した。


123 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 17:34:15.76 ID:598N+VTU0
『会いに行こう』


公式ホームページに『ファンの方を疑う事を前提にするんじゃなく、信じる事を前提にするのが握手会の基本じゃないでしょうか ―渡辺麻友― 』
のキャッチフレーズで握手会の再開の報告を記載した後、戸賀崎は西山から聞いたアドバイスから例の掲示板を覗いていた。


「握手会再開だって、よかったー」
「そりゃ握手会が無くなればCD売り上げ激減でミリオン連続記録が途切れるからな」
「模倣犯や愉快犯が続出しそうだな」
「お前らまじでやめろよ。シャレにならんぞ」
「まゆゆきりんも出るのかな?」
「当分休むんじゃね。仕方ないよ」
「でもさ、ここらで俺達も握手会に対する態度を考え直す時期じゃねぇ」
「それは言えるかもね。中には自分が買った握手券だから
こちらの方の態度を云々言われるのは筋違いだって言ってる奴もいるけどね」
「そうそう、何色チケットとは言わないがな」
「態度ならメンの方にも言えるんじゃないか。塩対応とか取られたら文句の一つでも言いたくなるぞ」
「特にスキャンダルとか起こされたら尚の事言いたくなるわな」
「だからさこれを機にお互い考えを改めようって事」
「そうだな握手会の意味をもう一度考えなきゃ、また同じ事が起こるかもな」
「こんな合言葉どう?『We are “FUN48” and 48G too!』」
「おお、かっこいい!我々も48グループの一員か、いいんじゃない」
「何か俺達は“FUN48”って言うよりヲタらしく“OTA48”の方が合ってるような気がする」
「We are “OTA48” and 48G too!」
「これが俺達のコンセプトか、これで行くか」

戸賀崎はそのやり取りを見ながら熱いものがこみ上げてきそうになっていた。
そして(皆がそう言う気持ちを持っていてくれるなら、今までの握手会を超える新しい握手会を、
握手会の限界を超えるような企画を作ろう)と誓うのであった。





9月2日。あの事件以来初めて東京ビッグサイトに再び握手会が開催された。再開にあたって警察やビッグサイト側から詳細な警備体制と緊急時の対応について説明が求めらて何回も協議が重ねられようやく使用許可が下りたのだった。


125 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 18:02:10.02 ID:598N+VTU0
何か「xx時00分」になると一時的に解除になる様ですが…。


戸賀崎は握手会開始前にファン達数人に呼び止められた。
「戸賀崎さん、お願いがあるんですけど」
「何でしょうか?」
「あの、この横断幕をあの2階の手摺に掲げさせていただきたいですけど」
「どんな横断幕ですか?」
その内の何人かが顔を見合すと持っていたバッグから折りたたまれた現物を出しそれを広げた。
“We are “OTA48” and 48G too!  ― ヲタ一同 ―”と書かれていた。
「……」
戸賀崎はすぐには言葉が出なかった。
「だめでしょうか?」
不安そうに尋ねる彼らに対して
「すばらしい、ぜひ掲げてください!それよりこの横断幕貸して貰えませんか?全国の握手会で使用させて下さい」
言われた彼らは満面の笑みで使っていただけるのなら差し上げますとまで提言した。
「それでは申し訳ない。せめてこれの製作料はこちらに持たせて下さい。
これは本当に48Gを含めた皆の思いを表してますよ」
戸賀崎は感激の余り、実はこの言葉が生まれた瞬間に立ち会っていたんだよって言いたかったかぐっとこらえた。
彼らと別れたあと戸賀崎はスタッフにこれを一番目立つ場所に掲げる事を指示した。

あの時の話し合いで警備員が増やされたのは言うまでもないが
ブースの後ろはすぐに避難できるようにカーテンにされてメンバーに閉塞感を与えないに改善され、
増員された警備員はファンの人達に威圧感を感じさせないようにカーテン裏に配置された。

柏木や渡辺も出演が危ぶまれてはいたが本人達の強い希望で今までのように参加していた。

一通り会場を見回った戸賀崎は関係者の休憩エリアに来るとコーヒーを片手に座れる場所を探して
西山恭子がいるテーブルを見つけた。
「いいですか?」
とノートパソコンを見ていた西山に声を掛けた。彼女は戸賀崎を見ると笑顔でどうぞと返事をする。
「何をしてるんですか?」
「例の事件の事が大分と分かって来たのよ」
「まだ調べてたんですか?」
と半ば呆れた顔で西山を見る。
「当たり前でしょ。こちらにも関係あるんだから」
「わあ、すみません」
西山の憤慨した表情に大げさな振りで戸賀崎は謝った。


126 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 18:12:06.47 ID:598N+VTU0
「まぁ興味を持ったのはね、ほらあの時ゆきりんが部屋を飛び出して行ったでしょう。
それから戸賀崎さんを始め皆後を追いかけて行って彼と..亮太君って言うんだけど警備員と私の3人だけになってその時彼に話を聞いたの」
「そうだったんですか」
「戸賀崎さん覚えてるかな?ICレコーダーを再生した後彼が『聞いてた話しと違う』って言ってた事」
「覚えてます。それでこの子は利用されていたんだって思いましたもん」
「そうその時は私もそう思ったのね。それで彼に聞いたのよ『一体どう聞かされていたの?』って、
すると彼はそう言ったのは事件の話じゃなくて録音内容だったって。
本当は今のゆきりんがあるのはまゆゆのお陰だって事で直接まゆゆに礼に行くって話だったらしいの。
彼は元々まゆゆが推しメンで犯人の友達だったから協力したって」
「ああそれでショックを受けていたんですね」
「でね、もしも亮太君が並んでる最中にICレコーダーを聞いてたらどうなっていたと思う?」
「そりゃ、これは何か良からぬ事が起こると思って犯人を問い詰めるか僕等に報告するでしょうね」
「そうよね。でも彼はそうしなかった。それは何故か?って考えたのよ。それがこの事件に興味を持った切っ掛けなのよ」
「その答え分かったんですか?」
「分かった。でも分かれば分かるほどこの犯人はかなりの知能犯で本当にみんな無傷で済んだことが奇跡だと思ったくらいよ」
「何なんですかその話。教えて下さい」
戸賀崎は残ったコーヒーを一口で飲むと身を乗り出した。
「これは彼から聞いただけの話じゃなく、こちらの顧問弁護士から聞いた話もあるんだけどね」
「最初犯人…豊君って呼ぶけど、豊君はゆきりんどころかAKB自体全く興味がなかったらしいの
それを同じ大学で知り合った亮太君が引き込んだって。そして亮太君がまゆゆに2年越しで認知されたのを聞くと
僕は1年でゆきりんから認知されるっていき込んだ様なの」
「なんでゆきりんなんですか?」
「まゆゆと同じくらいの人気で自分と同じイニシャルだからだって」
「それだけの理由で?」
「そう。きっと亮太君と同等の条件で張り合おうとしたのね。認知される為の作戦は亮太君のブログに詳しく出てたけど…」
と西山は今は閉鎖されている亮太のブログをダウンロードしていた画面を開いて戸賀崎に見せた。
その間、西山はコーヒーのお替りを取りに行った。


132 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 18:50:14.66 ID:598N+VTU0
『ジグソーパズル48』

「確か戸賀崎さんはあのメッセージの“ロミオとジュリエット”でゆきりんが襲われるって思ったのよね?」
「まぁ僕と言うより家内が“ロミオとジュリエット”の結末は二人とも亡くなるって言ってたから、何か胸騒ぎがして」
「それを受けて秋元先生が犯行日は7月8日のラジオの生中継日だって推理した」
「うん」
「結果からしたらそれらは全て偶然だった。本人曰(いわ)く、“ロミオとジュリエット”はそのまま結ばれない二人の比喩で
7月8日は一刻も早く救い出ださなくてはと言う事でその日が選ばれたに過ぎなかった」
「ええっ、そうなんですか?」
「そうなの、まぁ彼の運が悪かったのか私達の運が良かったのか分からないけど、彼の計画は知れる事になった」
戸賀崎は聞きながらこれはこちらの運の良さが勝ったんだと驚きながらもそう思った。
「それから彼の手の込んだ作戦が実行される。
先ず彼は亮太君に“ゆきりんがAKBを辞めないか?”と質問する。
聞かれた亮太君は軽い気持ちで“まゆゆがいる限り辞めないだろう”って答えるのね。これがまゆゆを襲った理由」
戸賀崎は次々とメッセージの答えが分かってくるのを黙って聞いている。
「次に彼は亮太君にゆきりんに認知されたノウハウを詳しく教える。亮太君はそれをブログに載せた。
ああさっき見せたブログね、実はこれも作戦の内なの。
彼は今まで些細な事もブログに載せてたのでこんな美味しいネタを載せない筈はないって見越しててわざと話したのよ。
で、何の為か?自分のダミーをまゆゆレーンに並ばせる為に」
そこで戸賀崎は首を傾げつつ質問をする。
「ちょ、ちょっと待って下さい。何の為に?」
「よく思い出して。あの時まゆゆレーンには何人かのスーツ姿のファン達がいた。
その所為で警備員は人手を取られただけでなくパニック状態に陥った。
実は亮太君のホームページは人気があって影響力があるのよ。
だから、例のノウハウを試そうとしたファンが何人か出てきたのは不思議じゃないの。
彼はそれを知ってて利用したの」
「たしかにあの時、対象者が何人もいますって無線で言っていたのを思い出した」
「そしてICレコーダーの謎よ。“聞いてた話とは違う”って事。
実はあのあと1回だけ亮太君にあって話を聞いたの。おみやげにまゆゆのサインを持ってね」
「それって職権乱用じゃないですか」
と言いながらも戸賀崎の表情は緩んでいる。
「仕方がないじゃない、裁判中だったんだもの。でその時聞いた話がね…」
と西山はその時を思い起こしていた。


133 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 19:01:32.02 ID:598N+VTU0
亮太との待ち合わせたファミレスに約束の時間の10分前には西山は着いていた。
外の風景を見ながらコーヒーをオーダーする。しかし、そのコーヒーが来るより早く亮太が現れた。
「忙しいのにごめんね。何でも好きな物を頼んでね」
と備え付けメニューを開いて亮太に渡した。
そしてウェイトレスが持って来た西山のコーヒーを見ると同じものを頼んだ。
「多分思い出すのも嫌だと思うけど、事件の詳細を今後の為にもどうしても知りたいの、
だから話してくれないかな?」
亮太は少し悩んでいる表情になったが最終的には話すと決めた。


「…それから聞いたノウハウをブログに更新してちょっとしてから豊から電話が入ったんです。
僕はてっきり勝手に公開した苦情の電話だと思ったんですけど違いました」
亮太はその時の事を思い出しながら二人のやり取りを詳しく話した。



亮太は晩御飯を食べるとすぐに自分の部屋に戻り、ブログにきょう豊から聞いた戦略を詳しく載せてUPした。
すぐに次々と反応が返ってくる。それに対しての返事を書きながらコミュニケーションを取っている時間が好きだった。
そんな時携帯が鳴る、豊からだった。(勝手に載せた事のクレームかな?)と少し警戒しながら通話の表示をスライドした。

「もしもし、豊どうした?」
「実はな、お前に頼みがあるんだ」
「珍しいなお前が俺に頼み事なんて、何だ俺に出来る事なら聞いてやるぞ」
「ふと今のゆきりんがあるのはまゆゆのお陰じゃないかと思ってな」
「ゆきりんがあるのは、まゆゆのおかげだって?」
「ああ、キャプテンとして成長できたのはまゆゆがいてくれたからだと気付いたんだ」
「いやそれはお互い様だろう」
「そこでお願いがあるんだが、俺の気持ちを直接まゆゆに伝えたいんだ」
「まゆゆに感謝の気持ちを伝える?そりゃ、まゆゆも喜ぶだろう。俺も協力させえもらうよ」
「でもゆきりんにもその気持ちを伝えたいんだよ。で、お前がメッセンジャーになってゆきりんに会って欲しいんだ」
「えっ!俺がメッセンジャーになるのか?おれちゃんと伝えられるか自信ないよ」
「大丈夫ICレコーダに俺がメッセージを録音するからそれを聞かせてくれればいいから」
「ICレコーダーで聞かせるのか、それなら大丈夫そうだ。まゆゆもおまえ自身の声で言った方が伝わるもんな」
「それと俺がゆきりんに認知されてるかどうかも確認できるだろう?」
「そう、認知されてるかどうかそれ気になってたんだ」
「それでな、例の缶バッジを見せて分かったら認知されているかどうか分かるだろう。
俺もまゆゆに缶バッジを見せて俺の事ゆきりんから聞いているか知りたいんだ」
「そうか、缶バッジか。そのバッジの事をゆきりんから聞いててまゆゆがそれで分かったら間違いなく認知されてる事になるな」
「だろう、じゃ当日の朝その二つ渡すから待ち合わせしようぜ」
「了解。じゃ当日の朝7時に駅構内のファーストフードで。あっそれと当日はラジオを持って来いよ」
「ラジオ?」
「何だ知らないのか?NHK-FMで今日は一日“AKB”三昧 IN 東京ビッグサイトが生中継されるんだぜ。
俺はスマホにNHKのラジオアプリをインストールしたから、お前もそうすればいいよ。それじゃな」


その後、当日朝のやり取りも西山に語った。彼女は亮太の話を聞きながら身震いしそうな気分に陥った。


134 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 19:11:51.30 ID:598N+VTU0
西山は事件の真相を戸賀崎に説明しながら多分あの時の渡しと同じような気分に彼もなっているんじゃないかと思っていた。
「戸賀崎さんなら渡したICレコーダーを聞かれないようにするにはどうする?」
「ええ?そうですね」
と腕を組み考える。
「恥ずかしいから聞くなよって言うでしょうね」
「そんなのじゃ余計聞きたくなるわよ。でも彼は何も言わなかった、その理由は簡単。
亮太君はそれを聞く必要がなかったから。何故なら録音内容を知っていたからなのよ。
彼は亮太君の前でメッセージを録音したの、正確には録音した振りをしたの」
「そうか!それなら改めて聞く必要もないんだ。考えたな」
「そうそこで彼らは別れる。亮太君は会場へ豊君はスーツから着替えるためにコインロッカーに預けておいた荷物をとるとトイレに向かった」
「なぜ最初から変装しなかったんでしょう?」
「それは、もし何らかの理由で亮太君がICレコーダーを聞いて豊君を探しに来たとしてもごまかせる。
そして思い出して?大治さんが無線で叫んだことを“スーツ姿の男を捕まえろ”って言ったでしょう?
もし豊君が変装後の姿で会っていたらそれを聞いてた亮太君が“スーツは着ていません”って否定したかも知れない。
そうするとまゆゆレーンにいたスーツ姿の人達を使っての陽動作戦が無駄になる、そこまで考えての事だったのよ」
「じゃ僕達の行動は読まれてたって事…」
表情を失う戸賀崎に対して西山はゆっくりと頷いた。
「なら何故亮太君はあんな落ち着きの無い態度だったんでしょう?あれで僕達は彼が犯人だと誤解してんですよ」
「ああ、あれね。さっきも言ったように亮太君の一推しはまゆゆで彼の管理しているホームページ仲間内では有名らしいの、
それ故に麻友レーンに何人かのスーツ姿の人達が並んだんだから。
だから、尚更まゆヲタの人達にはゆきりんレーンに並んでいる自分の顔を見られたくなかったんだって
その為に帽子を目深に被って顔を隠してたらしいわ。
それから、ポケットに何度も手を入れてたのはICレコーダーの操作を間違えない様にする為に中でボタンの位置を確認してシミュレーションしてたって。
それも豊君が何度も『メッセンジャー役頼むぞ』ってプレッシャーを掛けて来たからだって話してくれたわ」
「接する時間は短いですからね、本当は期待しないでって言いたかったんでしょうね。でも親友の頼みだからそうも言えなかった」
「それに豊君をAKBに引っ張り込んだのは亮太君だしね」
二人は彼の立場を不憫に思った。


136 忍法帖【Lv=28,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 19:21:09.96 ID:598N+VTU0
更に西山は話を進める。
「わたしはそこで“じゃあ”って考えたの。例えば亮太君がゆきりんにメッセージを聞かす前にまゆゆが襲われていたらって」
「そうですよね。それよりあのメッセージって必要だったんでしょうか?」
「あのメッセージは彼にとってはとても重要だったの。
その為にどうしてもゆきりんに聞かせなければならなかった、だってそれはゆきりんに対する愛のメッセージだったから」
「もし前なら、亮太君は犯人である彼に託されたICレコーダーを証拠品として提出するだろう。
警察はその内容から柏木にこの事を知っていたか確認を取る。
よってどちらの場合も柏木に知られる事となりメッセージは伝わるって事か」
「ここまでは彼の思い通り、いえ私達がゆきりんを別会場に移した事で
まゆゆの所の警備の応援に時間が掛かった分だけ不利になった。
しかしここでハプニングが起こる。そうそれがゆきりんのまゆゆを想う気持ちだったの、
偶然にもまゆゆの所に二人が同時に飛び込んだ時に豊君はゆきりんを見て動きが停まった、
その僅かな時間がこの事件を未遂に終わらせたのよ」
「もしも我々がこの事に全く気付いてなかったら。
最初に柏木のマネージャーがファンレターを怪しまなかったら、どうなっていたんだろう?」
「今頃まゆゆもゆきりんもここに立っていないかも知れないわね」
「結局僕達はパズルの一つのピースしか持ってなかったんだ。
亮太君の持っていたピースが合わさって初めて答えが分かったって事なんですね」
「そうね、私達のピースだけではゆきりんしか出てこなかった」
戸賀崎は驚愕しながらもやっぱり柏木の愛がまゆゆを守ったんだと信じられずにはいられなかった。


141 忍法帖【Lv=29,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 20:02:02.95 ID:598N+VTU0
『麻友のために』

「ねぇ知ってる?豊君の親からキングレコードとAKBサイドとまゆゆとゆきりんの事務所に賠償金として2000万円用意されたって事?」
「いえ知りません。ってか賠償訴訟起こしてました?」
「それは準備中だったのよ、それに先駆けて向こうから打診があったってキングレコードの湯浅さんが教えてくれたの」
「やっぱり息子の罪を軽くしたくてじゃないですか」
そう訝(いぶか)しむ戸賀崎に西山は
「それがそうでもないみたい。息子はきっちり裁いて下さいって言って賠償責任は親にありますからって。
でもまさかそのまま現金を受け取る分けには行かないからその日は帰ってもらったんだけど、
結局はその誠意が感じられたって事で民事訴訟は見送られたんだけど改めて請求する事になるって」
「請求って?」
「キングレコード側は警備増強と別部屋を借りた代金」
「別部屋って、すぐにあそこでの握手会は中止になったじゃないですか?」
「でもその後遅くまで警察の事情聴取で使われたわ。
それに二人の事務所は中止になって握手できなかった人達の次回発生するはずの新たな束縛時間を
その人数と時間でかけて割り出しその時間単位での金額を請求するって」
「次回分って皆が全員来る訳でもないのに」
「賠償と言うのはそう言うものなのよ。事件を起こす、罪が確定する、懲役に服す、報道ではここまでしか言わない。
でもこれは罪に対する国が決めた罰でしかないの、それ以外にも償いがある、それが賠償責任。
世間では罰を公表する事で犯行の抑制を図っているけど実際の所はこの償いの賠償金額を発表する事がよっぽど抑制になると思うわ」
「人を殴った。その人が会社の社長で数日間仕事が出来なくなった、その為に大きな仕事を逃した。賠償金が何百万円、何千万円になる可能性も?」
「そう。だぶん今回は1000万円近くになる可能性があるわ。事務所サイドは本人の要望もあり全て『東日本大震災被害』に寄付されるらしいけど」
「1000万円?」
「でもこれで済んで良かったのよ。もしまゆゆが傷付けられて、ゆきりんもショックで二人とも芸能界から引退したら何億円って請求されていたっておかしくない」
「もし握手会で暴言を浴びせされてそれがショックで体調をこわしたら?」
「その言葉が原因かどうかを見極めるのに難しいかも知れないけどもし認められば恫喝されたとして慰謝料ぐらい請求できるかも」
「そうなんだ…」
何か意味深そうに考える戸賀崎を見て
「ところで、ここ最近のまゆゆどう思う?」
と西山は話題を変えた。
「麻友?そう言えばあいつ成長したなって思いましたよ。この前の発言びっくりしましたもん」
「でしょう。私もゆきりんじゃないけど大人になったねぇって感心した。
ところで今度のドームコンサートで組閣の発表するんでしょう?」
戸賀崎は慌てて、口に人差し指を当てた。


142 忍法帖【Lv=29,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 20:10:55.63 ID:598N+VTU0
「だめですよこんな所で言っちゃ」
と声を潜めた。
「ごめんごめん。でも話は進んでるんでしょ?」
「まぁ、今はチームに残すメンバーだけが決まった所です」
「ねぇ、まゆゆを思い切ってゆきりんから離させるのも良いと私は思うんだけど」
「それは秋元先生も言ってました。恐らく高橋と一緒になると思います」
「そうよね、まゆゆはゆきりんからアイドル道を学び次は高みなからAKBのキャプテンシーを学ぶ。
まゆゆはもっと上へ上がれる筈だから」
そこで西山は考え込んだ。
「ねぇ組閣発表はいつするの?」
「最終日は前田の為に空けなくちゃいけないから、恐らく1日目か2日目かのどっちかになると思いますけど」
「戸賀崎さんがするんでしょう?」
「もちろん」
「じゃあさ、まゆゆを皆に印象付ける為にわざとまゆゆの発表を飛ばして」
「どう言うことなんですか?」
「普通に発表しても驚かれるだけで大して印象に残らない。会場の映像もすぐに切り替わるしね。
そこでまゆゆだけわざと忘れた振りして発表するのよ、そして『これで全部ですが漏れてる人はいませんか』って問い掛けるの
するとまゆゆが『私がまだです』って言うでしょ。するとカメラはずっとまゆゆを映し出すし皆が注目する。
一旦発表の流れを断ち切ってるから注目度は更に上がる。
そこであくまでさり気無く新チーム移動を発表してざわめきの中すぐに退散する、分る?ここが肝心なの変に溜めなんか作って煽ったらダメ。
注目されるのは戸賀崎さんじゃなくてまゆゆにしなけりゃならないんだからね」
「漏れを問い掛ける時点で忘れたのを前提にしてますよね。でもすごく考えますねそんな事」
「今回の知能犯の方法を模倣したの、視覚的印象をハプニングな事にして言葉をリンクさせるの」
「その考え方怖い」
と笑いながらも(この方法は使えるぞ)と思っていた戸賀崎であった。


それから数ヶ月、事件の事は日々の出来事に埋もれるようにメディアからも忘れ去られていた。
そんな中、豊の裁判の判決が言い渡された。
検事は威力業務妨害と傷害未遂による罪で6ヶ月を求刑したが
豊の弁護側は元々誰かを傷付ける意思は無く脅すつもりだけだった事とそれまで柏木由紀に接してきた態度と
何より未成年である事を鑑みて執行猶予による判決が妥当と訴えていた。
それに対して裁判長は被告の裁判中の態度から見て十分反省しているとしながらも計画的な犯行である事は間違いなく
例え未成年としても実刑は免れないとし実刑4ヶ月を言い渡した。
豊はその判決を受け入れ控訴をしなかった為に刑が確定した。


144 忍法帖【Lv=29,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 20:20:23.18 ID:598N+VTU0
『3つの涙』

「AKB48 in TOKYO DOME~1830mの夢~」コンサートも無事に終わり
前田敦子卒業に伴って「AKB48第二章」と言う位置付けで各新チームによる「ウェイティング公演」が始まっていた。
これはメンバーが自由にセットリストを考えた公演であり新チームのお披露目でもあった。

11月3日は梅田チームBの初日公演の日だった。
その日の朝、戸賀崎は届いた手紙を読んで少し戸惑ってしまった。それは小林豊からの手紙だったからだ。


戸賀崎様へ

この度は、渡辺麻友様、柏木由紀様それからAKB48関係者様に多大なご迷惑をお掛けしました事をお詫びさせていただきます。

本当は渡辺様や柏木様に直接手紙を認(したた)め謝罪するのが筋なのでしょうけど、私の事を思い出させるのもいけないと思い断念しました。
弁護士の先生は裁判官の心象が良くなるから早くから手紙を書きなさいと言われてきましたが、
私はそんなつもりで認める心算(つもり)は毛頭ありませんでした。
しかしどうしても戸賀崎様にはお詫びとお礼を申し上げたかったのでこうして手紙を出させていただきました。
お礼と書いてしまうと戸賀崎様はきっと憤慨されてしまうかも知れませんが、これは決してふざけているのではありません。

私は些細な事から柏木様を知り握手会に参加する毎にその魅力に惹かれいつしか頭の中は柏木様で一杯になっておりました。
そんなある日握手会で疲れている柏木様を見てここまで頑張らされているのは全て運営側が元凶だと思い込んでいました。
それと柏木様がそこから抜けられない原因の一つに渡辺様があると思い違い
渡辺様を傷付けるか精神的に追い込めればそれを切っ掛けに柏木様がAKB48を辞める事が出来ると思った次第であります。

しかし、渡辺様のブースで柏木様と鉢合わせした時の悲しげな顔を見た瞬間すべてが間違いだったと知らされました。
私の全てだった柏木様に否定されれば僕の存在理由なんてもうありません、そして最後は私自身が私を否定しました。
私は持っていたナイフを自分自身に向けようと持ち替えた刹那、戸賀崎様に突き飛ばされナイフは手を離れてしまいました。

私は戸賀崎様に命を救われたと言っても過言ではないのです。
お礼を申し上げたいと言うのは命を繋げられこうして自分が犯してしまった罪を反省させていただける事の感謝です。

もう二度とAKB様の前には現れませんし、手紙を差し上げるのもこれが最初で最後になると思います。
しかしながら皆様の益々のご活躍をお祈りしております。

                             小林豊



戸賀崎はこれを柏木に見せるべきかどうか悩んだ末に西山に相談した。
西山は戸賀崎の思いを聞き見せてもいいんじゃないとアドバイスをくれた


150 忍法帖【Lv=29,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 20:36:14.79 ID:598N+VTU0
リビングに入ると母親はすでに食事の準備を終えていた。そしていきなり豊に「お帰りなさい」と抱きついた。
「まさか外食でお腹を膨らませたんじゃないでしょうね」
母のおどけたような問い掛けに対して
「大丈夫だよ、夜は無いも食べてないからお腹はペコペコだよ。なぁ豊」
と豊の代わりに父が答えた。
「そう、それならいいのよ。じゃあ先にお風呂に入ってさっぱりして来なさい」
「うんそうするよ」
豊は荷物を部屋に置きに行くために2階へと上がって行った。
ドアを開けると部屋に閉じ込められ動きを停めていた時間があふれ出した様な気がした。
机の上には気泡緩衝材で包まれたパソコンが置いてあった。
返してもらった私物が入った袋をベッドの上で逆さにすると、中に入っていた物がこぼれ落ちた。
その中に缶バッジも入っている、豊はそれを拾い上げ暫らく見ていた。
それからふと思い出したように壁に貼ってある亮太に貰ったポスターを見上げながら立ち上がるとそれを剥がした。
剥がした後の壁にはナイフが突き刺さった跡がはっきりと残っている、
そしてポスターにも柏木の横で微笑んでいる麻友ののど元に突き刺さった跡が残っていた。
豊は過去と決別するかの様に手に持っていたポスターをくしゃくしゃに丸めると缶バッジと共にゴミ箱に捨てた。
「何してるの、早くお風呂に入りなさい」
と母親の階下から呼びかけに、豊は現実に返ったように部屋を出た。

風呂から出ると食卓にはすき焼きが用意されていて二人とも席についていた。
「寝る前に、何だかなって思うだろうけどお母さんがどうしても豊に食べさせたかったんだって」
「我が家では嬉しい事があるとすき焼きって決まってるのよ」
母のその言葉でそう言えばそうだったかなと豊は思い起こしていた。
久しぶりの家族で食べる食事は感慨深いものだった。


152 忍法帖【Lv=29,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 20:44:31.88 ID:598N+VTU0
「これからは皆で一からやり直そう」
食べ終わった後で父が二人に話し掛ける。
「そうね、頑張るしかないものね」
母がそれに応えた。
(皆で一から?)豊はそう思いながらも部屋の中を見回すと見慣れない作業着がハンガーに吊るされているのに気付いた。
「もしかして、お父さん…」
父は豊が作業着を見つけた事に気付くと全てを話した。
「お父さんは会社を辞めた。そしてその退職金で賠償金を払ったんだ、でもこれは親としての責任でもあるしな。
そしてもう一つ話しておかなければならない事がある…」
豊はその後聞かされた父の話に驚愕したと共に自分の犯した罪に深い後悔の念を抱かずにはいられなかった。


事件から数日後ネット上では犯人が誰なのかを探す事が人知れず進行していた。
それはすぐに麻友のレーンでスーツ姿の男が係員から束縛された事から足取りがたどられ
亮太のホームページにたどり着き、亮太は書き込まれる誹謗中傷に対応する事が出来ず閉鎖を決意した。
しかし追跡はそれだけに留まらず亮太の通う大学が同じ学生からリークされ亮太と豊の名前が知られる事となる。
更には大学のデーターベースがハッキングされ豊の住所や父親の勤務先すらも晒されてしまった。
企業でもなくましては一流大学でも無かった豊が通っていた大学側はまさかハッキングされるなんて思ってなかったのか
パソコンには市販のアンチウイルスソフトしか導入してなく次々に掛る電話の問い合わせでようやくハッキングに気付いた程だった。

父が勤めている会社にも同様の問い合わせが続き業務に支障が出るようになってしまい、退職を余儀なくされた。
それだけではなく自宅の写真も掲示板に掲載された。
いまでも見知らぬ者達がちょくちょく玄関のベルを鳴らす被害が続いていて、
今日も豊を守る為に帰宅時間をわざと遅くしたのだった。

その話を聞いて、豊は初めて両親に対して土下座をして頭を下げた。
父と母は驚いた様に豊の元に駆け寄ると抱きしめ合い涙を流した。


155 忍法帖【Lv=29,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 20:52:46.59 ID:598N+VTU0
『エンドロール』

戸賀崎は休日の朝にも関わらずノートパソコンの前で考え込んでいた。
「何を考え込んでるの?」
菜代梨が戸賀崎の為に淹れた濃いコーヒーをテーブルに置いた。
「えっ?ああこれね。じつは握手会の企画を考えているんだ。
今までにない握手会をしようと思ってて、秋元先生は最近アイデアをくれないからさ」
「そりゃそうよ、メンバー達も後輩育成に頑張っているんだものあなた達もいつまでも秋元さんに頼ってちゃだめでしょ」
「そりゃ分っているんだけどなかなかいい案が浮かばないんだ。
せめて10件位は考えて企画会議に出さないといけないんだけどまだ半分しか出来てない」
戸賀崎はプリントアウトされた企画書を菜代梨に差し出す。
「何これ?全然面白くない」
と失笑した。
「そうか…」
戸賀崎は溜息をつきながら
「握手会の開催の目処(めど)がついていない頃ネットの掲示板を見ていたんだ。
するとメンバーとファン達を間にガラスで隔てたらって誰かが書き込んだ。
するとそれに対する賛否の意見がドンドン書き込まれてその中にこんなのがあったんだ」
「どんな事?」
「せめて声は聞きたいとして真ん中に小さな穴を開けて話しだけは出来る様にする。
するとガラス越しに手を合わせるとロマンティックじゃないと意見が出る。
するとまた誰かがまるで刑務所内の面会みたいだと言うと
『俺の事は忘れて誰かいい人を探せよ、離婚届にサインしておいたから』『ばか、私はあんたをずっと待ってるから…』と寸劇が行われ剥がしが『はい時間です』って出てくるって書き込みがあった。
どう面白いだろ?それから発展して“刑務所編”以外に、汽車での別れの“なごり雪編”や病院でのやり取りの“無菌室編”とか色々アイディアが出てくるんだ。
いっその事みんなにアイディアを募ろうかと思ったくらいだ」


157 忍法帖【Lv=29,xxxPT】(1+0:8) 2013/03/19(火) 20:58:37.05 ID:598N+VTU0
菜代梨はうなだれながら
「あなたは根本的に間違ってる」
「どこが間違ってると言うんだ?」
「そうね、あなたは企画を考える際に“これは出来る”“これは出来ない”ってタグを付けてるでしょう?でも秋元さんは違う。
“おもしろい”“つまらない”でタグを付けているのよ。要はあなたは制作側の考えで秋元さんはファン側の考えで物事を考えている」
「どう言う事?」
「つまり、秋元さんが考えた“おもしろい”事の中には“実行が難しい”物もあるって言う事。
そして大切なのはそれをいかにすれば出来るのかに頭を使うの。
例えばプロ―モーションビデオを宇宙ステーションで撮ろうと企画が上がったとするでしょう?あなた達はきっと即答で『無理』って言う、
でも秋元さんはロシアかアメリカで民間人が宇宙に行けないかを調べて可能ならば訓練そのものもドキュメントにするわ」
そうか、と戸賀崎は腕組をして考え込んだ。
「それなのにこれは何?体を使った一昔前のバラエティー番組の罰ゲームみたいな企画は?」
「やっぱり面白くないか」
菜代梨は無言でうなずく。
「じゃあさ、何か面白いアイディアない?」
「それはあなたが考える事。私はヒントを出しただけ」
菜代梨はあきれ顔ではね付けた。
「それより、握手会再開で問題は起こってないの?」
「ああそれはないよ。むしろ以前よりマナーが良くなっていて一緒にいいものを作り上げようと協力的になってくれているんだ。
今までは運営に対して『何とかしろよ!』って言われる事が多かったんだけど今は『こうした方が良いんじゃない』って助言してくれる人が多くなった」
「へぇ、昔はよく叩かれてたのにね。良い方に変わってよかったわね」
「そうだな、あの事件でメンバーや運営それとファンの人達で一体感が生まれた見たいだよ」
その言葉で思い出したように菜代梨がつぶやいた。
「あなたは恐らく知らないでしょうけど“ロミオとジュリエット”の最後は二人の死をもって、いがみ合っていた両家が和解するのよ」
その話を聞いた戸賀崎は驚いた様に
「それじゃ僕たちは結局“ロミオとジュリエット”の配役を演じさせられていたのか」
と静かに飲みかけていたコーヒーカップを置いた。
「そう言う事になるかもね」
そう言う妻の言葉に不思議な感覚に包まれながらも
(この話を小説にしたらどうだろう?いや不謹慎だって秋元先生に怒られるだろうな。
なら匿名で例の掲示板にでも発表しようかな)
と邪(よこしま)な事を考えていた僕…否、戸賀崎であった。


END


158 名無しさん@実況は禁止です 2013/03/19(火) 21:03:01.05 ID:bHvUUj330
>>1
乙です!面白かったです

元スレ:【サスペンス小説】正義の味方じゃないヒーロー

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